それは悪魔の囁き
夕日が目に眩しかった。
けれど、あの人の眩しさは、こんな比じゃない。
夕焼けが良く見える張出窓に浅く腰掛け、クサギは大きな溜め息をついた。
「はぁ・・・」
逃げるように厨房の横にある階段を駆け上り、自分の部屋に閉じこもったのは、ついさっきの事だ。
クサギ自身の休憩時間ももう少し先だったのだけれど、厨房を取り仕切る母が許してくれたので、いつもより早めに休憩を取って、自室に篭っている。
だから、今は仕事のことは考えない。ううん、考えられない。あの人が来てから、仕事のミスが増えて怒られる事が多くなった。けど、だけど、あの夕闇色の切れ長の瞳を思い出して、クサギは愛しそうにヌイグルミを抱きしめた。
「アルフォデルさん・・・」
ギュっと、つぶらな黒い瞳クマのヌイグルミを胸に抱き、愛しい人の名前を口に出す。それだけで、幸せで。それだけで、切なかった。
でも、今は幸せよりも、心臓が壊れてしまいそうなほど切なさが込み上げる。
「あの女の人と、恋人なのかなぁ」
ふぅ、と、溜め息をこぼす。亜麻色の髪は密かにクサギの唯一の自慢だったのだけれど、あのお日様みたいな黄金色の髪と比べたら、自分の髪なんて仕付糸みたいだ。
「・・・これじゃ、勝ち目なんてないよね・・・」
そう呟いて、張出窓に背を向けて、ベッドに倒れこむ。
「あーぁ・・・きっと、わたしの事なんて旅に出たらすぐに忘れちゃうんだろうなぁ・・・」
宿屋として使われている部屋の造りとまったく同じなのに、ヌイグルミで埋め尽くされたクサギの部屋は、まるでおとぎの国のようだった。
けれど、おとぎの国のお姫様はわたしよりも、あの女の人の方が似合っている。
どうしたって、クサギは王子様と幸せになれないのだ。
―――・・・・けれど、祈ってしまう。
「もっとアルフォデルさんと一緒にいられたら幸せなのに・・・」
目を瞑り、ただ一人のことを思い浮かべ、願ってしまう。
「ずっと・・・一緒にいれたらなぁ・・・」
叶うはずのないと分かっているその願いを、ヌイグルミごと、深い溜め息と一緒に抱きしめた。
そう、それは叶えられるはずのない願いだった。
少女の甘い夢に過ぎなかった。
しかし、囁きが聞こえる。
――――その願い聞き入れた。 と。




