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魔王と聖女の遺産  作者: かげのひと
4/17

第1話 フランマーリの宿屋 ③

1-3


 アルフォデルは一人物思いに耽っていた。

 こんなにいい宿屋に迷惑はかけたくない、と。

 ふぅ、と溜め息を零し、その宝石を思わせる紫の瞳を静かに窓の外へと向けた。

「・・・二人は、ちゃんとやっているだろうか」

 太陽が沈むまでには、もう少し時間があるようだが、このままでは今日の宿代も加算されるだろう。

 それにカラーが気付いているかは分からないが、きっと気付けば怒涛の勢いで怒るであろうことは簡単に予測できる。

 なにせアイツはやる気が無いくせに、妙に神経質。面倒事が嫌いなくせに、一度懐に入れた他人の事が結局放っておけないお人好しなのだ。結局いつでも貧乏くじを引かされているくせに改善の兆しはない愛すべき愚か者だ。

 そして、もう一人。ブローディア・・・―――心の中で黄金の髪をなびかせた少女を思い出す。自分を純粋に慕ってくるあの少女。遠い遠い昔の自分を思い出さずにはいられない。

 クツクツと咽喉の奥で笑いを殺し、アルフォデルは苦いコーヒーを啜った。と、背後に気配を感じ、アルフォデルは微かな笑みを作った。

「どうしたんだい、クサギちゃん?」

 声を掛けてから、振り返る。

 気配通りに視線の先に立っていたのは。この宿屋の一人娘であるクサギだった。

 亜麻色の髪を左右に結び、いささか幼さの残る風貌だが、ほんのり上気した頬の赤みとアルフォデルを見上げる濃い茶色の瞳はアルフォデルを魅了してやまない。

 ―――そう。アルフォデルがこの宿屋に決めた最大の要因は、このクサギという名の看板娘にあったのだった。

「え、あ、いえ・・・アルフォデルさんが・・・その・・・」

 困ったように口篭もり、「悲しそうな顔していたから・・・」と、耳まで真っ赤にしながら、消えそうな声で呟いた。聞こえないように言ったのかもしれないし、そうでなくても、この食堂の騒がしさに呑まれ聞こえないのが普通なのだが、アルフォデルはクサギの優しい言葉を聞き逃さなかった。そして、

「クサギちゃんに心配されるなんて、光栄だよ」

 と、普段は見せない穏やかな色を瞳に浮かべ、席から立ち上がった。

 ゆっくりと軽快されないように腕を伸ばし、クサギの亜麻色の髪を優しく撫ぜた。一方のクサギも小さな身体を強張らせながらも、撫でられるひんやりとした手は心地よかった。

「ア、ルフォデル・・・さん?」

 長身のアルフォデルを真っ赤になった顔で見上げるが・・・しかし、視線が合うと驚いたように俯いてしまう。

 そんなクサギの世間ずれしていない様子に、アルフォデルは笑みを隠せない。唇をほころばせたまま、クサギの耳元で蕩けるような声音で囁いた。

「クサギちゃんこそ、忙しくて大変じゃないかい?僕に手伝えることがあったら、出来る限り手伝うよ」

 アルフォデルの言う通り、食堂は混雑していた。しかも、その大半の客は女性ばかり。食堂に下りてきた時から感じていたが、アルフォデルへ向けられる好意的な視線はすべて、その女性客達のものだった。 そして、今はクサギに対する嫉妬だろうか?

 クスリ、と、意地の悪い笑みを浮かべて、アルフォデルは食堂を見渡した。

 フランマーリの宿屋に滞在して早三日、アルフォデルとブローディアの美貌につられてか、一階の食堂はここ数年見せた事の無い込み具合を発揮している。

 昼頃に姿を見せる女達はアルフォデル目当て、夕方に飲みに来る男共はブローディア目当てなのは言うまでもない。

「あ、ぜ、全然、大丈夫ですから・・・アルフォデルさんは、ゆっくりしていて下さい。ほ、ほら、お客様、なんだし・・・」

「ありがとう」

 これまでに見たことも無いような魔性のような美しい笑みを向けられ、少女は意識していないと膝が砕けそうになってしまう。笑いかけられただけで、こんな風になるなんてクサギは自分が信じられなかった。

 アルフォデルの吸い込まれそうな紫の瞳が、自分を見ている。自分だけを見ている。―――いっそ、このまま時間が止まってしまえばいいのに、と、クサギは霧がかかったようにボゥっとする頭で、そんな事を考えていた。

 しかし、

 

スパーンっ!


 と、言う小気味いい音と共に、夢うつつを彷徨っていたクサギの視界からアルフォデルが視界から消えた。

 いや、消えたわけではない。ただ後頭部を押さえて、床にしゃがみ込んだだけだった。

「はいはーい、そこまでー」

 先ほどまで流れていた甘い空気を打ち消すかのように、やる気の欠片もない男の声がクサギの意識を騒がしい食堂へと引き戻す。

 ハッとして、その声の元を辿ると、眼帯をした不思議な髪の色をした男の背中が視野に入った。手にした広報誌を酒を飲んでいた中年男性に返しているところを見ると、どうやら、その借りた広報誌で思いっきりアルフォデルの頭を叩いたようだ。

 そして、もう一人。アルフォデルの一見冷たい美しさとは違う、太陽のような輝く美貌と抜群のスタイルの持ち主が、ゆっくりと、しかし堂々とした足取りで、アルフォデルの傍らに歩み寄る。

「―――もう、信じられませんわ!わたくしと言うものがありながら!」

 うずくまるアルフォデルの横に腰を屈め、アルフォデルへの非難を浴びせ掛け続ける。鈴を転がすような、という表現よりも鐘を叩くような大声である。

「本当にどうしてアル様ったら、そんなチンチクリンなお子ちゃまに心を動かされますの?!今度という今度は許せませんわっ!・・・―――大好きですけど・・・!!」

 細い肩をワナワナと震わせ怒ったかと思うと、溜め息をこぼし、そして、最後には紅を引いた唇を可愛らしく尖らせた。

 安い宿屋のランプの下でも、その艶やかな黄金色の髪は光を失うことなく、燃えるような深紅の瞳は、怒りに輝くも、見るものを魅了してならない。―――ただ、

「チ、チンチクリン・・・」

 ブローディアの言い放った言葉に、ショックを隠せない様子のクサギが呟いた。

 確かに、ブローディアと比べれば、そう言われても仕方がない。出るところが出ているブローディアの女としての身体と、真っ平とは言わないが限りなくそれに近いクサギの体型・・・反論しようにも、これ以上言葉が出てこない。

「気にする事はないよ。クサギちゃんは十分、そのままで魅力的さ」

 カラーとブローディアの攻撃から立ち直ったアルフォデルが、慈愛に満ちた笑みを浮かべ、そっとクサギの腰に手を回そうとする。が、

「・・・・わ、わたし仕事がありますので、この辺で失礼します!」

 後一歩のところで、クサギは逃げるようにアルフォデルの手から離れていった。

 パタパタと可愛い足音を立てて、厨房に駆け込むクサギの後ろ姿をアルフォデルはいつまでも眺めていた。

「・・・・・・・・・クサギちゃん・・・・」

 伸ばした手を残念そうに握り締め、彼女の亜麻色の髪が完全に見えなくなると同時に、恨みがましい眼でカラーを睨みつけた。

「おいおい、八つ当たりは勘弁してくれよな」

 アルフォデルの醜態を鼻で笑って、そう言った。

「・・・・・意外と早かったな」

 先に牽制を受けてしまい、ギリリ、と、奥歯を噛み締める。心底悔しそうな顔をしたかと思うと、次にはクサギには決して見せなかった酷薄な表情を浮かべた。

こうまで男と女の前で表情を変えられては、いっそ愉快というものだ。だいたい、この性格の歪んだ美丈夫の言動に慣れてしまった自分も考えものだろう・・・と、カラーは人知れず口許を僅かに歪めた。

「ああ、まぁな。それよりも、いつからお前は幼女専門になったんだ?」

 カウンター近くの窓に寄りかかり、静かにアルフォデルを睨みつける。どうもにアルフォデルの様子がおかしいとは思っていたが、まさか宿屋の一人娘に目を付けていたとは・・・。

 確かに、可愛らしい娘ではあったが、あんな子供を狙いにかかるとは・・・これは、もう病気の域かも知れないと、カラーは内心一人ごちる。

「・・・・幼女とは失礼な。彼女はもう十七歳、立派なレディーだ」

 しかし、キッパリ言い返されてしまった。

「・・・じゅうななぁ?」

 が、それに驚いて声を上げたのはカラーではなく、いつの間にかカウンターの席で紅茶を受け取って啜っていたブローディアだった。

「あんなチビッコが花も恥らう十七歳なんですの?」

 本人がいたら、さぞ傷ついたろうが・・・幸か不幸かクサギは部屋に戻ってしまった。

故に、誰もブローディアを止めるものはいなかった。

「っうかさ、お前はそのレディーと仲良くお話したいが為に、このオレにめんどくさい仕事押し付けたわけだ。まったく、いい御身分だなぁ?アルフォデルさんよぉ?」

 はた、と気付いた理不尽さに、カラーの目が厳しく細められる。

「だいたい、金が無いっておかしいだろ。あんだけ、報奨金頂いてきたんだぜ?」

 このエウルの街に来る途中、毒と瘴気を垂れ流すドラゴンの脅威に困っている村を助け、村とギルドから報奨金をふんだくった。財布は十分に膨れていたはずだし、フランマーリの宿屋の宿泊料を差し引いても、しばらくは食いつなげるほどであった。そのはずだった。しかし、アルフォデルに財布を預けたばかりに中身はからっぽらしい。

 こうなれば、もう理由は、ただ一つだ。

「確か諸経費で6万って言ってたっけ?他は?なぁ、この宿にいくら貢いだんだ、お前」

 脱力感に襲われながらこれ以上零したら幸せなんてなくなってしまうのではないかというほどに盛大に溜め息をこぼす。少しでもアルフォデルの精神にダメージを与えられれば、と、思ったのだが、当の本人素知らぬふりだ。

「・・・・・・・・」

「そうか、まったくないって言ってたもんな、全額か・・・そういえば彼女、この宿屋の改築がどうとか言ってたなぁ・・・まさか、なぁ?」

「・・・・・・・・・・・・・」

 カラーの推測通り、アルフォデルの目が明後日の方向に泳ぐ。それを見逃さなかったカラーは、完全に肩を落とした。

「はぁぁあぁ~。そこまでバカだ、バカだとは思っていたが・・・ここまでとは」

「あんなに健気に働く少女に何かしてやれないかと考えた結果、それしかなかったのだ。仕方あるまい」

「・・・開き直るな!」

 スパァアアンッ!

 手首のスナップを利かせ、思いっきり後頭部を叩く。

 睨み付けるが・・・逆に見下ろされる形になっているのが気に食わない。座っているならともかく、両者立ち尽くしたままの状態のせいで、約20センチ上から紫の瞳がカラーを見ている。

 無性に腹が立つ。舌打ちし、女々しいと分かっていながらも、不満を洩らし続けた。

「だいたい、そんだけ貢いだんなら、宿賃くらいタダにしてもらえよ!」

「そんな恰好悪いこと、俺には出来ん」

「・・・・・そーですか」

 もう、どうにでもしてくれ。今さらながら、アルフォデルのどうしようもない性格に苦労する自分が可哀想で、可哀想で、終いに涙が込み上げてきた。

「あーオレって、ホントかわいそー」

 いっそ、感情に任せて男泣きしてしまいたい気分である。

 だが、そんなカラーの内情を知らないアルフォデルは、思い出したように、

「・・・・・そういえば、金の都合はついたのか?」

 宿屋に払う宿泊代の事を心配するばかりであった。

「ええ、それは大丈夫ですわ。みなさん快く寄付してくださいましたわ」

 紅茶を飲み終えたブローディアが、いじけたカラーの代わりにニッコリと微笑み、そう言った。あれを寄付と呼ぶのかは、別問題として。

「・・・また、やったのか。・・・あんまり派手にやると、いつか首に金をかけられるぞ?」

「・・・・・・・・・誰のせいかなぁ?」

 アルフォデルの、こちらを心配しているんだが、身勝手なんだか分からない台詞に、墓の下から死霊がうめくような声と歯ぎしりが思わずついて出る。

「・・・・・・・・・・・・ギ、ギルドには、寄らなかったのか・・・?」

 急いでカラーから視線を逸らし、ついでに話題も逸らす。珍しく慌てるアルフォデルに苦笑を隠し切れないブローディアが、白魚のような指で口許を上品に隠した。

「もちろん、寄りましたわ。どれも簡単な仕事がばかりで宿代に届きそうなものはありませんでしたけれど。いくつか雑用みたいなお仕事を消化して、少しばかり街のゴミを掃除してきた次第ですわ」

「そうか」

「けれど、耳寄りな情報を仕入れてまいりましたわ」

 華が咲くような笑みを浮かべ、ブローディアはギルドで仕入れた情報を簡潔にアルフォデルへと伝える。

「例の誘拐事件がなんでも、南下してきているとか・・・。まだ公式発表はされていませんけれど、隣街で二人ほど姿を消しているらしいですわ」

「・・・そうか。しかし、それはギルドより自衛団の仕事だろう」

「いや、そうでもねぇよ。なにせ『遺産』が絡んでいる可能性ありだって、さ」

 項垂れていたカラーが静かに口を挟む。その口許には消しきれなかった笑みが浮かんでいた。

「・・・『遺産』が、・・・そうか」

 ややあって、アルフォデルも瞳を細める。妖しく光を宿した紫眼にブローディアは小さく身を震わせるが、それに気付いたものは誰もいない。

 ブローディアがアルフォデルのこんな顔を見たのは、数回だけ。どれも、『遺産』に関する情報が出た時だ。

「誘拐と『遺産』が繋がるなんて、わたくしには理解しがたいですけど・・・ギルドのお偉いさん達が言うのですから、それなりに何かを押さえているのだと思いますわ」

 面白く無さそうにブローディアはギルドの古狸―――頭髪が全滅した中年達の言葉を思い出して、ブローディアは顔を顰めた。

 この半年で『遺産』が関わっているであろう事件には8回ほど遭遇しているが、そのほとんどはハズれだった。

 当然と言えば、当然なのだが。あの『遺産』は―――ある時は『魔王の血』と呼ばれ、またある時は『聖女の涙』と呼ばれる、多くは未だ眠ったまま封印されている『大樹の遺産』。伝説とされる大樹ナルキソスの断片。未知なる力を秘める宝。

 もっとも、『遺産』とは便宜上呼ばれているだけで、それが一体なんなのかも分かってはいない。・・・一説に寄れば、飛び散った『遺産』を手に入れたものは、世界を思い通りにすることが可能とまで言われているが、信じている者が一体どれだけいることやら。

 だが、確かに存在する〝お宝”を前にして、歩みを止める冒険者がいるだろうか?

 そして、目の前にいる二人。アルフォデルと、カラーも例外ではないことをブローディアは知っている。

「まぁ、出来れば誘拐なんぞに・・・『遺産』は絡んでいて欲しくねぇなぁ・・・」

 そう投げやりに呟いて、カラーは窓の外に視線を向けた。

 日が暮れてきたせいか、外には仕事帰りの男達の姿が多い。そう言えば、この食堂もアルフォデル目当ての女より、むさ苦しい男達の数がいつの間にか上回っている。気付いてしまうと、ブローディアを見て囃し立てる荒くれ者達の声が煩わしいものへと変化する。当のブローディアも、身の置く場所に困ったのか、

「では、お話も一段落ですわね。それでは、わたくしはそろそろお部屋に戻りますわ」

 そう言い残し足早に自分の部屋へと戻ってしまった。

 ザワザワとブローディアがいなくなっても、食堂のざわめきはおさまらない。宿屋の従業員が忙しそうにホールを駆け回る。そんな人々の喧騒を眺めながら、カラーが一言。

「美人も大変だな」

 と、夕焼けで染まったアルフォデルの顔を見て、そして愉快そうに口許を歪めた。

「そうだな」

 カラーの皮肉に対して、美の化身は決して卑屈になることなく、微笑んだ。

 そして、夕焼け色に染まった長い髪を指先で遊ばせながら、瞳を閉じた。

 そして、一言だけ、

「・・・今度こそ当たりだといいな」

 声を落として、アルフォデルが呟いた。

「・・・・・・・・・期待は、しねぇよ」

 夕闇に溶け込みそうなカラーの片眼は、どこか悲しそうに微笑んだ。


女の子は好きだけど、愛しいと思うのはいつでも一人だけ!

という言い訳を五万回は聞いた。

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