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魔王と聖女の遺産  作者: かげのひと
3/17

第1話 フランマーリの宿屋 ②

1-2


 数時間前―――〈フランマーリの宿屋〉


 切れ長の紫の眼、通った鼻筋、シャープな顎にバランスの取れた筋肉、しなやかな身体から伸びる長い手足・・・。ブローディアを美の彫刻と例えるとするならば、この赤い外套(マント)を羽織った男―――アルフォデルは美の化身と呼んでも過言ではないだろう。

 そして、その美の化身は、静かに口を開いた。

「・・・・・すまない。問題が起きた」

 老若男女問わず、頬を染めてしまうその美しい男は、瞳と同じ色をした長い髪を掻き揚げ、尊大に謝った。

 これっぽっちもすまなさそうに聞こえない口調で。

 今、仲間達のいる部屋は、二部屋取った内のアルフォデルとカラーの部屋だ。ブローディアは隣りの部屋を一人で借り切っていたが、今はアルフォデル達の部屋に呼んでいる。

 ―――アルフォデルが、その問題に気付いたのは、宿を出ようとしたその時だった。

「なに?問題って・・・」

 カラーが不穏な気配を察知し顔をしかめ、窓の外の小鳥のさえずる声を掻き消さんばかりにブローディアが声を張り上げた。

「どうしたんですの?アル様!アル様が謝るなんて、一体何が?!」

 ブローディアが慌てたように、アルフォデルの隣りへと腰を下ろし、その腕に縋りつく。タイトスカートから覗く、その白い太ももが窓からの光によってさらに眩しく見えた。

「・・・お前、なにやったんだ?アルフォデル・・・面倒ごとなら勘弁してくれよ」

 そう言ってカラーは備え付けの椅子に腰掛ける。まだ眠そうな目をしつつも、アルフォデルの顔を、眼帯をしていない目で睨みつけた。

「・・・・がない」

 窓から差し込む光が男の顔に影を作りよりいっそう、その美麗な容姿を沈痛な面持ちに見せる。夜の星のような紫の長い髪を長い指で弄び、ゆっくりとカラーの深い青い瞳へと視線を向ける。

「・・・なんだって?」

「・・・・だから、金がない。と言ったのだ」

 斜め前に座るカラーの眼から逃げるように、自分の足元に視線を落とす。絶世の美丈夫は苦悩の表情を浮かべ、仲間達に言い放った。

「・・・・は?」

 宿屋の主人から請求されてきた額がそんなに凄かったのか?と、聞き返す前に、アルフォデルが宿泊代の書かれた用紙をカラーに向かって放り投げる。

「んだよ」

「いいから見ろ」

 受け取って眺めるが、請求書に書かれた値段は3人で泊まった3泊分の値段=4万フォン。エウルの街のどこの宿屋よりも安いくらいの宿泊料だが・・・?

「下の紙も捲れ」

 横柄な口のききようだが、カラーも気にした様子は見せず、その言葉に従い―――

「・・・・?――――っ!?」

 言葉を失った。

「どうしたんですの?カラー?」

 カラーの蒼白な顔に気付いたのか、ブローディアはアルフォデルの隣りから立ち上がり、数字が並んだ紙を覗き込んだ。

「あら・・・凄い」

 顔にかかった黄金色の髪を掻き揚げながら、小さく呟くブローディア。と、同時に、小刻みに震えていたカラーの肩がピタリ、と、止まった。

「・・・なっ、なっなんじゃこりゃぁあー!」

 ダン、と、怒りと勢いに任せて請求書を床に叩きつけ、そのままの勢いで叫んだ。

「食事代5万フォンっ!?」

「・・・・そうらしい」

「・・・くそっ、なら外で食ってきた方が安かったじゃねぇか!」

「・・・でも宿泊料と食事代の合計なら、どこも宿屋も同じくらいの値段のはずよ」

 むしろ、三日の滞在で10万フォンを切っているのだから、他のぼったくり宿に引っかかるよりはマシな値段といえよう。

「宿泊費と食事が別料金だったとは・・・考えつかなかった。それに6万フォン程諸経費がかかってな。ゆえに金がないのだ」

 考えろよ!普通分かるだろ!!!と、全力でツッコミを入れたくても宿屋の手配とか下調べとかをめんどくさがったカラーは、今回の宿屋の件にはノータッチだ。

 この街での財布管理をアルフォデルに一任していたのだから強く文句は言えないのだった。

「・・・ん?いや、ちょっと待て、諸経費ってなんだ、おい。それに金がないって?おかしくねぇ?・・・確かに、予想外の値段は驚いたけど、それくらいなら払えなくはねぇだろ?」

「・・・・・事実ないものはない」

 キッパリと、口では言い放つ。がしかし、視線は不自然に宙を泳いでいる。

「この間の報酬はたんまり貰ったはずだろ、その金はどうしたんだよ?」

 カラーの睨みつける青い目と、ブローディアの熱烈な赤い目に挟まれ、さらにどうしたらいいのかと、床に叩き付けられた請求書に視線を移した。

 そして、ただ一言。

「ない」

 と、だけ言って、それきり口を閉ざした。

「あのなぁ・・・ない。じゃすまされねぇだろ?どうすんだよ?」

「・・・アル様・・・あの、それって、ここの支払いはどうなるんです・・・・?」

 赤い瞳が不安そうに揺れ、縋るようにアルフォデルへと向けられる。

「・・・・・それが問題なのだ、ブローディア・・・」

「じゃあ、さっさと逃げちまおうぜ」

 そう言って、アルフォデルが何かを言い出す前に、立ち上がったのはカラーだった。

 しかし、

「いや、それは出来ない」

 普段ならアルフォデルはここで頷き、ブローディアもそれに習い、さっさとおさらばするのが常套手段だ。しかし、今日に限って首を左右に振った。

「あ?金がねぇなら、それしかねぇじゃねぇか。サクサク逃げようぜ」

「馬鹿が!それではクサギちゃんに迷惑が掛かるだろう。それだけは何とか避けなければ!」

 珍しく声を荒げたアルフォデルに、カラーは溜め息をつき、ブローディアは整った眉を嫌そうに顰めた。

「―――クサギちゃん、だぁ?」

「アル様ったら、こんな美少女を側に置いておきながら・・・あんなちんちくりんな娘にっ!!!浮気なんて許しませんわよ!」

「・・・・・・・・浮気?」

「なんですの、その目は?」

 カラーの視線に気付いたブローディアが、妙に澄んだ声と共に睨みつけた。

「いや、別に~」

 浮気と言う以前にアルフォデルは一度もブローディアに食指が動くような事はなかった。珍しいことに。アルフォデルの守備範囲は長年一緒にいるカラーですらドン引く広さにも関わらず、だ。パーティには手を出さないつもりなのだろう。関心関心。

 しかし、ブローディアはアルフォデルに初めて会った時からずーと熱を上げ続けているのだ。見ているこっちが恥ずかしくなるほどに。

 このパーティに強引に入った理由もアルフォデルに対する追っかけ根性というか、恋する乙女の力なのだろう。気の滅入るほどの熱烈ぶりである。

 しかし、本人は「記憶探し兼、修行の為に決まってるじゃない」と、僅かに目を逸らしながらいうのだが。

「なによ、言いたい事があるならいいなさいよ」

「・・・別にないって」

 同情的に細められた青い眼を見たブローディアは表情を歪め、その場から数歩下がると、

「〈〈始〉〉【滅〈魂〈還〈躯〈闇〉呼〉〉〉】・・・―――」

 くんっ、と、歌うように口ずさんだ。ブローディアの呪文が部屋内を駆け巡った。

「あ、タンマタンマ!部屋内であの犬呼ぶのは禁止っ!!」

 一点に魔導力の集中を感じたカラーが本気で嫌そうに叫ぶ。

 本当ならば突き飛ばしてでも止めたいところなのだが、魔導力のうねりを放つブローディアには近づけそうにもない。

 困ったように、アルフォデルへと視線を向けると、恐ろしく整った顔が小さく頷いた。

 そして、一言。

「・・・・・・ブローディア、やめろ」

「―――〈〈止〉〉・・・・・はい。アル様」

 ただ一言で、ブローディアの呪文の完成を止めた。

 恐らく彼女自身、本気で影渡りの獣(ニフタクティノス)を呼び出す気はなかったのだろうが・・・理不尽さを感じなくもない。

 しかし言えば、今度は本気で例の獣をけしかけられるかもしれない。

 ふぅ、と、溜め息を吐きカラーはそれ以上ブローディアに何も言わなかった。

「さて、宿代の件だが・・・俺なりに解決策を考えた」

 大人しくなった仲間達を見渡し、アルフォデルは静かに口を開いた。

「・・・?珍しいな、お前がどうするか考えてるなんて」

 カラーが茶化すようにそう言うと、切れ長の眼をさらに細めるようにして叱咤する。

「少なくともお前よりはマシだと自負している」

「・・・・・・そーですか」

 自負ですか。と、次いで出そうになる言葉はあわやと言うところで呑み込んだ。

「では、稼いで来い」

「は?」

 呆気に取られたカラーはろくな反撃の言葉を思いつかず、ポカンと口を大きく開けた。

「お前等が外で宿代を稼ぎ、俺は主人に怪しまれないようにここに残る。金がないということは主人には秘密にしておかねば・・・。二度とこの宿に顔を出せなくなるのは避けたい」

「結局、そこなのか!」

 脱力感に見舞われながらもカラーは、きっちりと突っ込んだ。

「なにか、いけないのか?」

「もういい・・・オレは知らねぇ」

 まるで当然の事のように言い放つ台詞に軽い眩暈を覚えながら、本日何度目になるか分からない深い溜め息を盛大にこぼした。

 隣りのブローディアも何も言わないのだ、もう、どうにでもしてくれ。そう言わんばかりのカラーの背中だったが・・・。ふいに、ピクリ、と動く。

「―――・・・いや、ちょっと待て。オレとブローディアで行くのか・・・?」

 納得しかけた思考を打ち消すように、カラーが不満の声を上げた。

 どうして、アルフォデルだけが宿に残り、自分達が金を稼ぎに行かねばならないのか?逆でもいいのでは?と、言う抗議の気持ちから出たものだった。

「嫌か?」

 アルフォデルは困ったような表情を作り、カラーではなく作為的にブローディアに視線を向ける。

「いいえ!そんなことはありませんわ!このブローディア、愛するアル様の為に、不肖カラーを供に頑張ってきます★」

 胸の膨らみを叩いて、ブローディアが威勢良く言った。アルフォデル絡みになると、途端に妖艶さが崩れ、歳相応な笑みがその顔に浮かぶ。

「助かる、有難うブローディア」

 子供に向けるような優しい微笑を浮かべて、ベッドから立ち上がる。そして、ブローディアの黄金色の髪を優しく撫でる。

 これで、アルフォデルの勝ちだ。

 薄っすらと勝ち誇った笑みを口許に浮かべるも、それは一瞬の事で、カラーですら見逃しかけた。

「そ、そんな!アル様に御礼を言われるような事なんてしてませんわ!・・・それに、だって、この命、アル様の為にあるようなものなんですから!アル様、待ってて下さいね!」

 当然、ブローディアはあっさりと騙され、

「騙されてる!絶対に騙されてるっ!」

 と、カラーは精一杯気付かせようと努力するが・・・無駄だった。

 叫べど、騒げど、もはやアルフォデルの言いなりであるブローディアに何を言ったところで・・・その努力は塵あくたにも等しかった。

 そして、カラーはブローディアに引きずられ、宿屋を後にしたのであった・・・。


「ちくしょー!アルフォデル、覚えてろよーー!!」


 カラーの悲鳴は空しく、街の雑踏に飲み込まれていった。

美形と美女に振り回される平凡顔は貧乏くじを引きまくりです。

あわれあわれ。

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