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魔王と聖女の遺産  作者: かげのひと
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第4話 『魔族』

4-1


 見る者を不快にさせると同時に恐怖を抱かせる、その冷笑。

 出来ることならば視界にいれたくもない。そして、相手の瞳に自分の姿が映し出されているという事実にすら肌が粟立つ。

 だが、目を逸らした途端、相手のプレッシャーに存在すら呑まれてしまいそうだ。

 事実、アルフォデルの隣に佇むブローディアは、白い指をさらに白くなるほどに握り締め、おそらく初めて対峙する魔族に怯えきっていた。

 まずいな、とアルフォデルは形のいい眉を顰めた。嫌悪とも悪寒とも呼べる感覚が背を伝う。

「―――・・・・ブローディア」

「・・・・・・」

 静かに名を呼ぶ。しかし呼びかけに応える様子はない。ホルトと名乗ったの魔族の威圧に完全に射竦められている。

「・・・・・・・ブローディア」

 もう一度だけ名前を呼んだ。

 クサギを抱いているため、その華奢な肩を抱きしめてやることが出来ない。それが悔やまれた。少しでも不安を取り除いてやれればよいのだが・・・せめて、この空気をどうにか変えたい。――――ふっと、目の端にカラーの背が映り込んだ。

 一番祭壇に―――つまりは魔族に近い位置に立つ斑髪。腕を組んだまま、肩を震わせている。カラーも所詮、人の子か。少しだけ期待していただけに唇を噛んだ。

 こうなる前に、ここから逃げ出したかった。

 魔族(アレ)が出てきては、勝ち目はない。

 どうにか相手を刺激せずにカラーを下がらせねば。それも迅速に。僅かに震える指先を、叱咤するようにさらに強く握り締めた。

 しかし、

 静寂を破ったのは、喉を鳴らして笑うやる気の欠片も感じられない男の声だった。

「・・・・・終焉を運ぶねぇ~」

 まるで小馬鹿にするかのように口許を歪め青い隻眼が、目の前の魔族――――ホルトを見やる。

「そんな大層なお役目があるのに、なんでこんな辺境にいるわけ? 胡散臭ぇなぁ・・・?」

 カラーにとっても初めて見る魔族には違いない。けれど口から零れたのは相手を小馬鹿にしたかのようなこの軽口。

 意外そうな顔をしたのはアルフォデル達だけではなかった。

 魔族は驚いたように目を丸くし、考えるように顎に手を当てる。その様子は少し迷っているようにも見えるし、ただのポーズのようにも見えた。

「・・・・んだよ、気持ち悪い」

 ホルトの値踏みするような視線に半身を捻って一歩下がる。カラーの顔が本当に嫌そうに歪み、当の魔族は妙なものでも見るような目を向けた。カラーの斑髪から使い古された靴の先までを確認すると「あぁ」と納得したように嘆息をこぼす。

「本当は彼女の回収を優先させたかったんだけど・・・もう使い物にならない感じかな? 別な器を用意した方が早いかな」

 アルフォデルの腕に抱かれるクサギを見る目にはすでに興味も関心も感じ取れなかった。まるでいらなくなった玩具を見るような目つきだ。

 事実、彼らにしてみれば人間の価値など玩具と大して変わらない。

 脆く、弱く、儚く、すぐに壊れる。他種族からすれば短命で非力な人間など、どれもこれも似たようなものだった。

 ゆえに、聖女マリー・ゴールドが200年前に魔族の王であるアカンサスを打破した際に、すべての魔族に人間世界への不可侵条約を結ばせたのだ。

 人の世にこれ以上介入しないようにする為――無意味な死から守る為に。

 その契約は聖女が死んでなお行使され続けている。ならば何故、とアルフォデルは薄い唇を噛みしめる。今さらになって何故、魔族が人の世に手を出すのだ?いや、それ以前にどうして手を出せるのだ?契約はどうなったのだ?

 無意識に、咽喉が鳴る。言い知れぬ不安が鎌首をもたげた。

 恐怖、と名してもいい。苦い気持ちが腹の底を重たく沈ませる。

 ―――逃げなければ。出来れば今すぐに。少なくともこの少女たちだけでも迅速に。

「・・・・・ブローディア、動けるか」

「・・・・アル様・・・アレは・・・なんなんですの・・・」 

 震える自分の声に叱咤するように、ブローディアは重ねた己の手を強く握り締めた。まだ胸がザワザワと落ち着かず自分のペースを取り戻せてはいないが、魔族と対峙してもなお普段通りのカラーの様子に幾分か落ち着きを取り戻していた。

「・・・・・・・」

 自分の隣で小さく震える美しい女と、自分の腕の中で規則正しい寝息を立てる少女。その二人を交互に見つめ、意を決したようにアルフォデルは声を張り上げた。

「―――――魔族よ!この少女が使い物にならんと言うならば、街へ帰しても問題ないな」

 ホルトの視線が再びアルフォデルに注がれる。人間臭く肩を竦め、

「そうだね、その子はもう必要ないかな。うん、構わないよ。肝心なものはココにあるしね」

 クサギに対する興味を完全に失ったらしい魔族は、眠る少女には一瞥もくれずにクスクスと可笑しそうに声を立てて笑う。何を考えているのかその表情からは読み取れないが、悪寒が背に走る。

「ブローディア・・・」

「はい」

「クサギちゃんを家まで連れて行ってはくれないか?」

「・・・・・わたくしが、ですか?」

 震える瞼がアルフォデルに向けられる。

 それはつまり足手まといだと宣言されたに等しい。しかし不平も不満も漏らすわけにはいかなかった。どうあっても自分のペースを取り戻していない彼女は足を引っ張る可能性がある。それは誰の目にも明らかだった。

 グッと、不甲斐ない自分を戒めるように、唇を噛み締め、

「・・・分かりました。すぐに戻ってまいりますわ」

 毅然と言い放った。

 腕に抱いたクサギを、一瞬どうするか悩んだが、ブローディアの華奢な背に預けた。肉体労働という言葉が似合わない美女だけに、クサギを背負っただけで足元がおぼつかない。

「あははは、そんな足取りで大丈夫かい?僕が手伝ってあげようか」

 危なげに歩くブローディアを眺めながら、魔族が嘲り笑う。

 ホルトとブローディアの延長線上に、スッとカラーとアルフォデルが割って入り、その軽薄な顔を睨み付けた。

「やだなぁ。そんな怖い顔しないでくれよ。二人とも」

「・・・・」

「ふふっ、ねぇ、アルフォデルくん。彼女を行かせたのは・・・優しさかい?―――それとも、彼女に知って欲しくないことでも、これから起きるのかなァ?」

 ゆったりとしたローブをはためかせ、魔族は悠然と立ち上がった。

「半端者は、たいへんだねェ・・・。自分の立ち位置すらも自らでは決められない」

「もういい。お前はしゃべるな。耳が腐る」

「ハハッ、酷い言われようだ。僕らはただキミを導いてあげようと思っているだけなのに」

 アルフォデルの暴言にすらクツクツと喉を鳴らして嗤う。陰惨な表情を張り付かせているくせに、その瞳は爛々と嫌な光を灯している。

「すごくシンプルさ。ほら、こうすれば・・・――」

 すっ、と、ホルトの両腕がアルフォデルへ向かって伸び、

「――・・・知られない」

 呟きと共に、空間が爆ぜた。



全然関係ないですが、

登場人物の名前はみんな植物の名前だったりします。

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