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魔王と聖女の遺産  作者: かげのひと
16/17

第3話 『浸食』 ⑤

3-5


 笑い合う二人をよそに、一人カラーだけは腕を組み仏頂面を晒していた。

 完全にヘソを曲げてしまったようだ。

 けれど、それがさらに可笑しいのかブローディアの口端がピクピクと時折痙攣のように引きつっている。

「ちぇッ。おい、もうここにいる意味もないだろ。さっさと帰ろうぜ」

 どこか刺々しいカラーの言い分に二人も頷いた。

「・・・では、クサギちゃんは俺が馬車まで運ぼう」

 そう言ってクサギを軽々と抱きかかえると、投げ出されたロングドレスの裾が広がり、クサギの華奢な体がアルフォデルの硬い胸板に力なくもたれ掛かる。彼女が起きていれば顔を真っ赤にして発狂せんばかりだろう。

 頭を寄せるその二人の姿は、まるでおとぎ話の騎士様とお姫様のようだった。

 ぐぬぬ、とブローディアが小さくうめき声を上げ、嫉妬の炎を燃やしているのが手に取るように分かった。分かって上で、

「ほら、雨除けの魔法でもかけてやれよ」

 と意地悪くカラーが口の端を持ち上げて言い放った。

「・・・わ、分かってますわよ・・・っ!!」

 アルフォデルに急いで駆け寄るブローディアの背を後目に、カラーはゆっくりと周辺を見回す。自分たちが暴れたせいなのだが、辺りは酷いものだった。

 整然としていた教会内の姿は失われ、捲れた床や、抉れた瓦礫、壁に開いた穴、クサギが横たわっていた下に出来た黒く変色した石畳。

「あーーー・・・・これは、さっさとずらかった方が良さそうだな」

 万が一にもエームングリン復興の為の教会だったりとかしたら、お尋ね者になりかねない惨状だ。逃げるが勝ちだ、と踵を返した――――その時、


「・・・帰られるのは、困るなァ」


 不意に耳元で男の声が響く。

「―――――ッ?!」

 まったくと言っていいほど、気配を感じなかった。

 祭壇に腰を下ろし、一斉に振り返ったアルフォデル達を愉快そうに眺めて笑うソレ。

 緩いウェーブのかかった乳白色の髪が風もないのにフワリと舞い、濁った池の底の様な瞳が三日月のように歪む。

「やァ、アルフォデル君。昨日はどうも、もう今日のパーティはお開きかい?」

 うっすらと浮かぶ口許の微笑。いや、口の端を歪めるそれは微笑というより嗤笑か。目の前に確かに存在しているというのに、目を背ければまるで存在していないかのような気配の希薄さ。

 そのくせ、肌を刺すようなプレッシャーは間違えようもない。クサギを餌にアルフォデル達を廃墟まで誘き寄せた、あの魔族だった。

 その場の誰ともなく、緊張に耐えかねた喉がゴクリと喉が鳴った。

「余興は愉しんで頂けたかな?心は躍ったかい?血が沸いたかい?あぁ、まさかこんなに早く君達がここにくるなんて考えもしなかったよ。本当は彼女と一緒に君達をもてなすつもりだったのに・・・。まったく、正午の約束だっただろう、アルフォデル君」

 ゆっくりとした動作で腰を上げる。やけに芝居がかった台詞回しが耳につく。

「約束を違えるなんて契約違反だ。・・・だから、もう一度やり直そう。そうしたら、見なかったことにしてあげる。まずは、僕の大切な手駒(クサギ)を返してはくれないかい?」

 貼り付けた笑みを崩すことなく魔族はアルフォデルに問いかける。

「・・・条約破りが、よく言う」

 その答えとしてアルフォデルが言い捨てた。

「おかしなことをいう。僕は破ってなんかいないさ。無論、人間ごときの契約に準じなければならないのには、虫唾が走るけれどもね。考えてもみなよ、命を落す危険を冒してまで人間に関わろうなんて馬鹿馬鹿しいとは思わないかい?・・・無論、面白くはあるけれど、ね」

 魔族の視線が、アルフォデルの腕に抱かれる少女へを向けられる。嘲笑、侮蔑、そんな感情がありありと魔族の表情に浮かんでいた。

 クサギを抱く手に力が知らず知らずのうちに込められる。

「お前がこの娘を・・・こんな風にしたのか」

 明らかにアルフォデルの声には怒気が篭っていた。それは酷く珍しいことのように思えた。少なくとも隣に立つブローディアが初めて見る男の姿だったといえる。

 剣を向けられた時とは違う寒気が、ブローディアの背に走った。

「彼女が、望んだのさ。僕はたまたま使い方を知っていた。だから、彼女の望みが叶うように、その手伝いをしただけさ」

「そして、目覚めた『遺産』を横取りか・・・最低だな」

「残念ながら、キミのせいで覚醒しなかったみたいだけれどね」 

 カラーの嫌味にようやくその存在を思い出したのか魔族の視線は近場の男へと移される。妖しく光る緑の目がカラーを舐めるように凝視し、くふっと含んだ笑いをこぼした。 

「そうそう、自己紹介が遅れたね。僕はホルト。『終焉を運ぶ者』の一人さ」

 自分へと陶酔と、他者への侮蔑。

 翡翠の眼の中心で、赤い紋様が怪しく輝きを放っていた。


魔族は自分に正直に生きています。

自分にとって愉しいことが正義です。

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