第3話 『浸食』 ②
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200年前の魔王と聖女の戦いよりも、さらに昔。
このエームングリンで大きな戦争が起こった。発端がなんだったのか、正確な記述は残っていない。が、しかし、このあたり一帯を巻き込んだ大きな戦だったことは確かだった。
多くの人が死に、都は灰になった。いくつか残った建物だけが、当時の凄惨な争いの傷跡を克明に残している。
怨嗟と呪詛が交じり合って、この土地は二度と甦らない死の都になった。誰も手をつけられない。ただ、自然の中で風化していくのを待っているだけだ。
そんな廃墟と化したエームングリン。崩れた建造物が旅人達の行く手を阻むのだった。
「・・・思っていたより酷いな」
軽く触れただけで、簡単に壁に穴があく。長く雨風に晒されてきた外壁は、まるで飴細工のような脆さだった。
「だから言ったろ?馬車で入るのは絶対に無理だって」
得意そうにカラーが言って、足元の石を思いっきり蹴り飛ばす。石は空中で三つに分かれ、崩れた足場に吸い込まれていった。あちらこちらに穴が開き、注意して歩かねば簡単に足を砂にとられてしまう。
エームングリンの中心部に行けば行くほど崩壊は酷くなっているのは明白だ。カラーの言う通り馬車を廃都の入口に置いてきたのは正解だったようだ。
「なんだか・・・淋しいところですわね」
「まぁ、廃都って言うくらいだしな」
触れればサラサラと砂のように崩れ、崩れたそばから風が攫って行く。
三人はクサギを捜しながら、廃都の奥へと足を進める。中心に向かえば向かうほど、廃都というより、荒地と呼ぶにふさわしい光景が眼下に広がっていた。
「あの子、本当にこんな廃墟にいるんでしょうか・・・」
「いてくれなければ困る。他に手がかりがあるわけでもないしな。・・・それで、カラー。それらしい気配はあるのか?」
「・・・あ?お前じゃないんだから女の気配なんかわかんねぇよ」
「・・・・『遺産』の方だ」
「ああ、この先」
当たり前のように、顎で盛り上がった瓦礫の向こうを示す。いや、彼にとってはそれが当たり前なのだろう。当たり前のように眼帯の下の目には、『遺産』が魅えているのだから。
「言わなくても分かっているだろうけど、油断はすんなよ」
口許を片方だけ吊り上げて笑う。ぎゅっ、と、篭手を固定しているベルトを締め付けた。
「当然だ」
借り物の長剣を曇天にかざす。鏡のように映りこんだ自分の姿を睨みつけ、まっすぐ見返した。
「その言葉、そっくりそのままカラーにお返ししますわ」
金の髪を掻きあげる。踊るような軽やかな足取りで、示された先へと歩き出した。
導かれた道はたった一本。誘われた道はただ一つ。
曇天の下、瓦礫を越える。
視界の端に、この廃都から逸した、何かが見えた。
「あそこに『遺産』が魅える」
さほど驚いた様子もなく、カラーは笑うように、そう言った。