第六話「ツバキの心を開けますか?」
最近文字数がだんだん少なくなってきている気がする…。
朝。ツバキは楓の家のドアが開き・閉じる音で目が覚めた。楓はまだ寝ている。
ツバキは毛布の奥深くまで入り込んでいた。楓の身体でいえば太もも辺りだ。
ツバキが起き、顔を上げると、鼻が膝の裏に当たり、楓は唐突のくすぐったさで目が覚めた。ゆっくりと目を開ける。
「んっ…ツバキ…!くすぐったいよ…!」
「クゥ~ン…」
楓は毛布を剥ぎ、上半身を起こし、ツバキを抱き上げる。
「おはよ、ツバキ…」
ツバキは楓の腕をすり抜け、ベッドを降りてドアに駆け込む。
「キャンッキャンッ!」
「何?開けて欲しいの?」
「ぐるるるる…」
「しょうがないなぁ…」
楓は猫なで声でそう言って、ベッドから降り、ドアに歩み寄り、鍵を開けてドアを開ける。ツバキはわずかな隙間から廊下に出て、階段を降りていった。
楓も降りていった。玄関で姉が倒れていた。最悪だ。広間のすぐ近くで倒れていたのならまだしも、玄関からどこかへ運ぶのには相当体力が要る。ストッキングを破かないように脚を上げ、体重40キロちょいの青年が50キロの姉を数メートルの道のりを担いで歩くという事を考えると。
溜息をついて、足を玄関の段差から離し、担いで広間に向かった。ツバキはしっぽをパタパタとさせている。「ハッハッハッ」
姉をソファに寝かせ、家を出てみる。姉のティーダが自宅の車庫に収まっている。ツバキを抱いて車庫に行った。ティーダの車内にはツバキ用と思われるゲージ・餌・緑色のプラスチック製の皿・赤い首輪が置いてある。
ドアノブを引いてみると、鍵が開いていた。
「せめて鍵かけなよ…。ねぇ?」
返事をする筈も無いツバキに問いかける。
後部側のドアを開け、ゲージなどをすべて片手で取り、足でドアを閉め、家の中に入り、広間にそれらを置いた。
ツバキに赤い首輪を巻き、ゲージにツバキを入れ、鍵を閉めた。
「キャンッ!キャンッ!」
「ごめんね…ちょっと待っててね…。」
楓は姉のバッグからティーダのキーを拝借し、ティーダの所に行き、鍵をかけた。
そして自室に行き、パジャマを脱ぎ、白い長袖のワンピースと女物のジーパンを着て髪を整えずに自室を出て、パジャマを洗面所にある洗濯機に投入した。
「何も壊してないのか?」
「はい。さっきから首輪の紐を千切ろうと噛んでいるぐらいです。」
修次郎は楓の家のソファに座って、ツバキを赤ちゃんのように抱いている楓を眺めていた。テーブルに置かれているマグカップを手に取り、中に入っているホットコーヒーをちびちびと飲む。
「とりあえず、河川敷にでも行ってみるか?」
「そうですね…散歩の仕方も教わらないと…」
修次郎はコーヒーを飲み干す。立ち上がって玄関に向かう。
楓はツバキを抱いたまま外に出ようとした。
すると、ツバキは楓の腕からすり抜け、道路に向かって走り出した。
「あっ!!危ない__」
修次郎はツバキの首輪に付いている紐を掴んで軽く引っ張った。ツバキは道路の一歩手前で地団駄をし始めた。
「キャンッ!キャンッ!ぐるるるるる…」
「これこれ、ご主人様から逃げるんじゃなぁいの。」
修次郎は紐を楓に手渡す。
「気を付けなよ、下手したら事故起こすかもしれねぇから。」
「は…はい、要心します…!!」
二人は小走りで走るツバキに合わせて小走りで河川敷に向かった。
楓の友人である英二と橋田は電車に乗っていた。
英二は『火花』という小説を読んでいる。呼んでいく内に電車酔いに悩まされながらも読んでいる。
一方、橋田は天井に掛かっている広告の紙を眺めていた。すると、
「なぁ英二。」
「ん?」
「…最近楓の様子おかしくねぇか?なんかフワフワしてるような…
それに顔も女々しくなってきてねぇか?」
「あぁ…言われてみれば…。
優実ちゃんとも話したり一緒に行動することも少なくなったよな~…」
「あ、それだけ優実ちゃんが良い方向に成長してるって事なのかもしれないけどな…」
優実は図書館のテーブルに勉強道具を広げ、ノートと数学のワークを開いていた。
鼻がムズムズしだし、
「へっ…へっくしょん!!!」
肩掛け鞄からポケットティッシュを一枚取り出し、鼻をかむ。
すると、鞄に入っているスマホの画面がついた。メールが届いた。優実はスマホを取って、メールを開く。
『優実へ 今日は七時半に空手の稽古が入りました。午後ですが一応今伝えておきます。忘れないでください。 母より』とある。携帯のメールでうつ文章にしては硬すぎると思った優実は、勉強道具を肩掛け鞄に全て入れ、図書館を出た。
「…あの人…」
優実が見たのは、一人の男と一緒に一匹の犬を散歩させている楓の姿だった。女装をしている。
楓は自分が髪を整えていない事と優実の視線に気づいていなかった。
「か…楓…君…?」
「まぁ、優実ちゃんも優実ちゃんで、最近楓との付き合い悪い様な気がするよな。」
「たしかに…なんか壁みたいなのができていってるみたいで…」
「それに、最近
“楓のこと睨んでいる様に見える”んだよなぁ…」
ツバキは河川敷の草原で楓と修次郎とキャッチボールをしていた。
だが、誰が投げてもツバキは反応せず、体をゴロゴロさせている。それだけ心を開いていないということなのだろう。
「なんか…無理矢理遊ばせている様な気がしてくるんですが…。」
「だよな…俺も思ってた。これじゃ距離が縮まるどころか広がっている気がする…。」
二人はベンチに座って、一息吐いて、ツバキを眺める。ツバキは飛んでいるツバメを見たとたん立ち上がった。
すると、
「楓ちゃん。」
「はい?」
「君さ、
もし俺が別の男になったらどうする?」
__えっ…?何、その質問…?
楓は少しの間黙り込む。
「…“性格が別人になる”ってことですか…?」
「っ…あ、あぁ…。」
「…私はどんな修次郎さんも好きですよ。友人として。」
「…そうか…。」
ふとツバキに目を戻すと、
居なくなっていた。どこにも見当たらない。
「あれ!?ツバキ!!?」
ツバキは見知らぬ橋の歩道をてくてくと歩いていた。
知らない人・鳥・乗り物。ツバキは初めて見る色々なものに興味津々になっていた。
「くぅぅぅぅん…!」
目を輝かせながら、さっきのツバメを再び追い始める。
「ハッ!ハッ!」
「チュンチュン」
ツバメは道路を波状飛行で対向の歩道に横断した。
ツバキは左右を見ずに道路を渡り始めた。
すると、
一台の黒いハイエースが走ってきていた。距離は近い。
一瞬脳裏に短い人生の断片的な何かが見えた、
が、
「ツバキ!!危ない!!!」
楓は道路に駆け込み、ツバキを抱き上げる。
「クゥン!!?」
「はっ……!!」
ハイエースと楓の距離はかなり近づいていた。ブレーキを踏んでいる様だが、『車は急には止まれない』という言葉をそのまま表している様だ。
__まっ…まずい…!!!
と、背を修次郎に押された。二人とツバキは手前の歩道に倒れた。ハイエースは縁石に擦って止まった。
「お…お前の方が危ねぇよ…死ぬかと思った…」
「しゅ…修次郎さん…怪我は!?」
「無いよ。君とツバキは?」
楓はツバキの体全体を摩る。怪我は無いようだ。
奇跡的に二人とツバキは怪我をせずに生還したのだ。
「よ…よかったぁ…!!!」
楓はツバキの背を撫でる。
「ごめんね…!僕の不注意で君を怖い目に遭わせて…ごめんね…っ!!」
溢れ出た楓の涙が、ツバキの頬に落ちる。
「くぅぅん…」
ツバキは楓の顔で流れている涙を舐め始める。優しく丁寧に。
楓も、優しくギュッとツバキを抱いた。
そんな中、修次郎は柄の悪いハイエースのチンピラとメンチを切っていた。
「危ねぇじゃねぇかよバカヤロー!」
「仕方ねぇだろコノヤロー。てめぇ犬飼った事あんのか?あぁ?」
その日以来、ツバキは楓と修次郎に心を開いたのか、かなり懐き始めた。
楓の言う事はある程度聞き入れ仲良く散歩し、飯は違えど一緒に飯を食うようになった。楓と奏が留守の時は、縄を解き、ゲージを開いたままでも大人しくお留守番をするのだった。
「ただいまー!」
「キャンッキャンッ!」
楓が学校から帰ってくると、ツバキは駆け寄り、抱きついて貰いたがる。楓は素直に受け入れ、ツバキを抱き上げて広間に向かう。
※英二と橋田の会話シーンは初散歩の二週間後の出来事です。