第二話「妹さんのプレゼント探し!」
青年の声が中村悠一さんと考えると、先生は杉田智和さんかな。
夜の公園、あることで出会った青年、“夏目修次郎”との再会を心待ちにしている楓の日々の内の六日間があっという間に過ぎ去り、再会の日が来た。
楓は六日前の夜に着た服装で、七日前と同じ時間・場所で待っていた。
もじもじしている。
この公園に来てからすでに十分が経っていた。中々来ない。またチンピラ達が来るんじゃないかと心配していたが、
待ち始めてから二十分後。姿が見えた。
「…来た…!」
やがて、修次郎が楓の目の前まで来て止まった。
「やぁ、久しぶり。
君、この間俺に五千円渡したよな?」
「は、はい…。」
修次郎は財布から壱万円札を取り出し、楓に渡そうとした。
「倍で返してあげるよ。六日間金がなくなって困ってただろうし。」
「い…いえ、そんなことは…!気持ちだけ受け取ります!」
「そっ…そうか…。
ところでさ、楓ちゃん明日暇?」
「えっ?はい、学校も休みですし、特には何も…。」
「じゃぁ明日、二人でちょっと散歩しないかい?」
「い…良いですけど…」
「そっか。じゃ、午前の…10時ぐらいに。また明日。」
修次郎は振り返って、歩き、腕を上げて手を振った。またどこかへ去って行く。
「…散歩…?」
二人は自宅の広間で公園でした会話の内容について話していた。楓は女装したままだ。髪は元に戻してはある。
「“デート”じゃない?」
「まだ会って30分もないのに?あり得ないよ。」
「いや、相手がよっぽどフレンドリーならあり得るんじゃない?そうじゃなくても、かわいさが十分あれば誰だって最初は隠語使って迫ってみようと思うものよ。多分。」
「…そうかなぁ…」
「きっとそう。
それで、明日はどんな服装で会いに行くの?」
「今着ているのと同じで行く。」
「え~~ッ!!つまんない~~ッ!!」
「別にお姉ちゃんを楽しませるためにやってるわけじゃ…」
「だとしても!!もっと手を加えて」
「いいよ別に。」
楓は服を脱いでから、脱いだ服を持って二階に向かった。
「洗わないの?」
「最近の消臭商品は信頼性凄いからね。」
楓は自分の部屋に行き、服をハンガーに掛け、リセッ○ュを吹いた。
それを終えたら、ドレッサーから青いチャック柄のパジャマを取り、鍵を閉めずに自室のドアを閉めて風呂場に向かった。
楓の姿が見えなくなったら、姉が楓の部屋に入り、掛かっている服と持っていた服を掛け替えた。そして部屋を出る。
楓は浴槽に浸かっていた。安らぐ。明日の事を考えている。何が起こるか解らないからだ。結局考えがまとまらないまま浴槽から出て、ヘアーシャンプーを取り出して、髪をシャワーで濡らし、髪にシャンプーを付け、洗い始めた。
数十分後。風呂場から出て、パジャマに着替え、自室に向かった。
姉が広間でほうじ茶を飲んでいた。
二階に上がって部屋に入った。掛けていた筈の服が替わっている。
「…変えられた…。仕方ないか。」
楓はめざし時計を6時半にセットし、ベッドの隣のテーブルに置き、ベッドに横になってリモコンで操れる部屋の電気を消した。
翌朝。
楓は髪を整え、水色のパンツとジーパンを履き、フリル付きのピンクのTシャツの上に紅いチェック柄のシャツを着て、スニーカーを履いて自宅を出た。
数十分後。例の公園に来た。
夏目修次郎がベンチに座っていた。腰にウエストポーチを巻いている。
「あっ…修次郎さん!」
「おぉ…楓ちゃん…。」
「それで、散歩ってなんです?どこに行くんですか?」
「あぁ。ちょっと“女の子の”君ならわかるかなと思ってさ。」
「…何がですか?」
「実は一週間後に妹の誕生日があってさ、プレゼントを何にしようか悩んでいるんだ。それで、君のアドバイスも兼ねてショッピングセンターでプレゼントを考えて欲しいんだ。」
「…わかりました!行きましょう!」
「あぁ…ありがとう…。」
二人は数キロ先に有る街のショッピングモールに向かって歩き始めた。
一時間近く経ってようやく入り口に辿り着いた。
「妹さんはどんなものが好きなんですか?」
「う~ん…そこが分かんないんだよ…。」
「…修次郎さんと妹さんって何歳なんですか?」
「俺は16で、二人の妹がいて14歳と9歳だ。今回は9歳の方だ。友達も多くて、素直で良い子だよ。」
「そうなんですか…。」
楓は現代の女子小学生がどんな物が好きなのかはまったく解らなかった。
__そもそもこういうことってもっと親密になってからするべきなんじゃ…?
「ところで、妹さんの趣味って何ですか?」
「趣味か…何だろうな。」
__分かんないんかい!?
__この人本気で探す気ある…?
「ま、まぁとりあえず三階のおもちゃ売り場に行きましょ!」
「あぁ、そうだな。」
二人はエスカレーターを三回乗り換えながら三階に着き、三階の1/3を占めている広いおもちゃ売り場に入った。中にはおもちゃだけではなく、ゲーム機やソフト、カードゲームの機器などもあり、おもちゃ売り場と言うよりゲームセンター(それか売り場)と言った方が正しいように思えてくる様な感じだ。
二人は女の子向けのおもちゃが並べられているコーナーに入る。楓だけ少しためらった。
__女装してるからって、さすがにここは…
すると、修次郎はぬいぐるみが並べられている所で立ち止まり、手のひらサイズのチワワのぬいぐるみを手に取った。
「あいつこういうの好きだろうし、勝ってってやるか…」
「妹さん犬好きなんですか?」
「あっ…いや、高校の友人だよ。犬っていうより、かわいいもの好きかな。ま、犬もかわいいけどさ。」
「はぁ…。」
__妹さんのためじゃないんだ…?
ふと横を見ると、上半身全体で抱ける程の大きさで、首にピンクの蝶ネクタイが巻かれているテディベアがあった。楓はそれを手に取る。
「これとか良いんじゃないですか?妹さんに!」
「おぉ。良いな。とりあえず候補に入れておくか。」
__候補かい!
修次郎は近くにあったカゴを手に取り、その中にチワワのぬいぐるみを落とし入れた。
今度は女の子の人形の前に来た。着替えされられるタイプの物がほとんどだ。が、
「あいつはこういうの興味ないだろうな。」
と呟いて前に進んだ。
__こういうのはやっぱり幼稚園児辺りなんだろうな…。
修次郎はままごとのセットや、女の子向けアニメのキャラクターを元に作られた様なおもちゃも華麗にスルーしていった。
「…こりゃ決まらないで終わるかな?」
__テディベアの存在忘れてる…?
「あのテディベアでも…」
__あ、憶えてた。
「でもこういうのはもうありきたりだからなぁ…。」
__…これは決まらないな…。
いっそのこと自分の趣味を与えてみようと一瞬思ったが、そのすぐ後、
ある人物の顔を見て頭の中が真っ白になった。
紙パックの中に入っている飲み物を売っている自動販売機の前で立っている女の子が居た。クラスメイトの葛木優実だ。
__うそでしょぉぉお!!?嘘だと言ってぇぇえっ!!
__こんな姿見られたら、きっと…きっと…
すると、一瞬だが目が合った気がした。
__まずいまずいまずいまずいッ!!
楓はてくてくと歩いている修次郎のすぐ後ろにつき、優実を見ないようにした。
そうやって歩いていると、
マ○オカートをプレイしている英二と橋田が居た。
__此所もーーーッ!!?
「しゅっ…修次郎さん!さっきのテディベアの所行きましょ!!」
「お、おう。」
二人は先ほどのぬいぐるみ売り場に向かった。すると、
英二と橋田がこっちを見ていた。
「___!!?」
二人はそのままぬいぐるみ売り場に入っていった。
「あんなに可愛い女の子連れ歩き回りやがって……爆発しろ。」
「なぁ橋田。」
「あ?」
「さっき女の子、楓に似てなかったか?」
「…お前眼科行った方が良いぞ。」
「…そうだよな。あんなに可愛い子が男なワケ無いもんな。」
二人はマ○オカートに向き直った。ヨッ○ーとワ○オが事故を起こしていた。
「あ、やっべ。」
その後、修次郎の持っていたカゴにはテディベアが入り、修次郎はこれを妹宛にプレゼントしようと決めた。
「良かったですね、決まって。きっと妹さん喜びますよ。」
「そうかもな。」
すると、
「じゃぁ次は君だな。」
「…へ?」
「今日の買い物に付き合ってくれたお礼に。欲しい物一つだけだけど買ってあげるよ。まぁ出来れば壱万円以内に頼むな…。」
楓はしばらく悩んだ。自分の趣味を発揮させ修次郎に見せつけるか、嘘をついて女の子らしい物を買ってもらうか。
「じゃ…じゃぁ…二階のDVD売り場に行きましょう。」
二階のDVD売り場に来た。DVDを売るだけではなく、最新の映画や曲のPVなどの販促のための映像を視聴できる機械があったり、レンタルできるコーナーも有り、とても充実している店だ。
「此所に欲しい物があるのかい?」
「はい!」
二人は売り場の『新作映画コーナー』というポスターが棚の側面に張られているその棚の前に立ち止まった。
楓は一枚のパッケージを手に取る。中身は空だ。表面に「本品はレジにご用意してあります。」などと書かれているシールが貼られている。
「…以外だね。」
「そうですか?」
「こう…最近の女の子は“男女のラブストーリー”ってあんまり興味なさそうだから…。」
「私腐ってませんよ?」
「それを聞いて安心したよ。」
楓が手に持っているのは、修次郎が言ったとおり男女のラブストーリー物の映画のパッケージだ。表面の画には、『禁断の愛の物語、今、開宴される__』というキャッチフレーズが写されており、タイトルは『ベネチアより愛を込めて』と、明朝体の文字で写されている。そのタイトルの下には、背中合わせになっている二人の男女が体育座りをしながら船の上に座っているという写真だ。
楓はそれを持ってレジに行き、店員が本品と取り替え、修次郎が4500円を出し、80円のおつりが返ってきた。楓は黒いビニール袋に入れられたDVDを手に取り、修次郎と共にエスカレーターで一階まで降りた。
時計は12時を少し過ぎていた。二人はショッピングセンターの中にある一件のハンバーガーショップに入った。
いつくかの品を注文してから二人用のテーブル席の椅子に座った。
「今日は本当にありがとう。まだ知り合って間もないのに、こんなことに付き合ってもらって…」
「いいんですよ!おかげで楽しい一日です!」
__少し苛立っちゃったけどね…。
すると、修次郎はウエストポーチからボールペンちメモ張を取り出し、そのメモ帳の一枚に何かをボールペンで書き、その一枚を千切ってから、テーブルに置いて楓に差し出した。
「何ですかこれ?」
「俺のスマホの電話番号とメルアド。何か言いたいことがあったらいつでも。」
「わ…わかりました!ありがとうございます…!
あの、私にメモ用紙とボールペンを…貸していただけませんか?」
「お、良いよ。はい。」
修次郎は楓にメモ帳とボールペンを渡し、楓はメモ帳を開いた。真っ白なページを開き、そこに自分の電話番号とメールアドレスを書いて、修次郎に手渡した。
「私のです!」
「おぉ、ありがとう。」
やがて、先ほど頼んでいたハンバーガーやポテト、アイスコーヒーが店員によって運ばれてきた。店員はそれを二人のテーブルに置いた。
その後、二人は公園の前で別れ、各々自宅へ帰っていった。時刻は午後2時12分。
楓は自宅に入っていった。
姉が広間のソファで横になっていた。
「ただいまー。」
「あっ!!お帰り~!!」
起き上がった。
「以外と早かったわね…何をしてきたの?」
「妹さんの誕生日プレゼントを探しに。」
「…まだし」
「言いたいことは解ってるよ。修次郎さんもそう思ってたみたいだし。」
「ふ~ん…それで、その右手のビニール袋は何?」
「あぁこれ?買い物に付き合ってくれたお礼に、何か一つを買ってあげるって言ったから、少し甘えて買って貰っちゃった…!」
「DVD?」
「うん。去年の冬に公開されたやつ。ほら、ベネチアが舞台の。」
「あぁーあの恋愛物かぁ…楓ってほんとそういうもの好きだよねぇ~。」
「好きで悪い?」
「いや。」
そう。楓は自分の趣味を発揮させ修次郎に見せつけたのだった。
自室に行き、TVを付け、レコーダーにそのDVDを入れた。映画が始まり、リモコンで吹き替え/字幕無しに切り替えて、『ベネチアより愛を込めて』の鑑賞を始めた。
一方、修次郎は。
「ただいまー。」
「おかえり-。」
ドアを開けると、妹の一人である“夏目美奈子”が歩いてきた。
「“菜奈子“は?」
「まだ帰って来てない。…菜奈子の誕生日プレゼント、買いに行ってたの?」
「あぁ。ちょっと時代遅れかもしれないけど、あいつなら何でも喜ぶだろ?」
「フフッ…それもそうね…。」
翌日の朝。修次郎は高校の制服に着替えていた。妹の美奈子も、楓とは違う中学校の制服を着ている。
「…菜奈子は?」
「もう学校に行った。」
「そっか。俺はもう出る。行ってきまーす。」
修次郎はやる気のなさそうな声でそう言い、家を出た。
「いってらっしゃーい。」
修次郎が通っている高校の一年生の教室の一つ。
その教室には、生徒会書記長であり修次郎の友人である“作井涼花”が座っていた。冷たい眼差しのまま外の景色を眺めている。修次郎は笑顔のまま歩み寄った。
「おはよう涼花。」
「あら、おはよう修次郎君。」
低く冷たい声を発した涼花の目の前に、修次郎がチワワのぬいぐるみの紐を摘まみ、ぶら下げながら涼花に見せつけた。
「ほい、、プレゼント。」
修次郎はそのぬいぐるみを涼花の机に置いた。涼花はそれを手に取る。
「昨日、新しくできた“女友達”と探し物をしてるときにそれを見つけてな。お前のために買って来た。」
「…「ありがとう」と言っておくわ。」
「後でたっぷり愛でなさいな。」
「う…うるさい。」
涼花はそれをスクール鞄に入れた。
中学校では。
英二と橋田が教室に入ってきて、座って読書をしていた楓に歩み寄ってきた。
「おはよう楓!」「昨日何してた?午後ロー観てたか?」
「おはよう。」
「なぁ楓。」
「ん?」
「昨日ショッピングセンターに居なかったか?」
__ギクッ!!?
「い、いや。行ってないけど…。」
「だよなぁー…。」
「な、何があったの?」
「実は昨日、お前にすこーーーし似た女の子が居てさ。すっごく可愛かったんだ…」
「…それを僕だと思ったの?」
「うん。まぁな。」
__良かった…バレずに済んだ…。
すると、教室に優実も入って来た。
__もっとヤバイ人――!!?
が、何事も無く優実は自分の席に座った。
__ホッ…!
これからどうバレないように修次郎と付き合おうか悩み始めた楓だったが、やがてチャイムが鳴り、思考が停止された。そして優実が教室には行ってすぐに座った理由がやっと解った所で、担任の先生がダルそうな顔をしながら腰を摩りながら教室に入ってきた。