第一話「始まりは公園から!」
CVが渕上舞さんの男の娘って最高じゃね?
僕は昔から、「女みたいな男」とからかわれていた。
友達やお姉ちゃんから、「男なのか女なのかはっきりしろ」と言われる始末。
そんな僕の前に、あの人は現れた。
人生を変えたあの人が___
ある日の中学校。
“楓”は友達とロッカールームで着替えをしながら話していた。
「お前絶対“女装“したら似合うだろ?」
「ヤダよ…そんな恥ずかしいこと…」
「身を呈せば何とかなるさ!」
「…何を言っても僕はしないよ。」
楓と友人達は紺色のブラウスに着替えてからロッカールームに出て行き、『3-4』のプレートが掛かっている教室に入ろうとした。
すると後ろからクラス委員長の“葛木優実”がクラス全員の宿題を運んでいた。見た目はちょっと小さめな段ボールを運んでいるようだが、持っている物の総量は計り知れない。
「ちょっ…優実!そんなに持てる!?」
「だ…大丈夫だから、し、ん、ぱ、い、しない…で!」
そう言っていると、優実はバランスを崩し、後ろに倒れそうになった。
「__!!」
「危ないッ!!」
楓が駆けつけ、倒れそうになった優実を後ろから支えた。左手で優実の小さな肩を掴み、右手で崩れそうになった宿題の山を支えた。
「あ…ありがとう…」
「気を付けなよ。」
「うん…」
優実の頬は少しだが赤く火照っている。
体制を立て直し、楓は宿題の山を半分取り、二人でデスクに置いた。
「手伝ってくれてありがとう…!」
「別に大したことじゃ無いよ…」
楓の友人の一人はその二人の行動を見ながら、良い物を見たかのようにニヤニヤしていた。
楓が自分の席に座り、友人達が歩み寄ってきた。
「お前と優実ちゃんってなんか似合うよな?」
「それ気のせい。」
その言葉と同時に、ホームルームのチャイムが鳴った。
下校途中、実の姉、“奏”からスマホにメールが届いた。
『牛乳と人参買ってきて!(^ω^;)お金は後で渡すから!!m(_ _)m』
と送られてきた。
楓は行きつけのスーパーでその二品と、買おうと思っていた物をいくつか買ってスーパーを出た。
家に向かっている途中で、ふと横を見ると、服屋があった。店の窓越しには新品の服を着せられてあるマネキンが置いてあった。
楓は立ち止まってそれを見た。
服はどう見ても女物だった。おそらく小学生をイメージされているのだろう。紐が出ているピンクのパーカーにフリル付きのスカート、もう一体は英文やハート、ロゴがプリントされている黒いTシャツの上にデニムジャケットを着せられている。
「…かわいい…」
楓は「ハッ」となり、すぐに歩みを始めた。
自宅に帰ると、姉が肌色のエプロンを着ながら茶色のソファに座って楓を待っていた。
「あら!お帰りぃ!!」
「ただいま。牛乳と人参買ってきたよ。」
「ありがとっ!」
姉は立ち上がって楓から頼んで買ってきたものが入っているビニール袋を手に取り、キッチンに向かった。冷蔵庫から肉と調味料、隣のカゴからジャガイモとタマネギを取り出し、包丁とまな板を取り出した。
楓はソファに座りながら神妙な顔をしながらテーブルに置いてあった女性向けのファッション雑誌を眺めていた。
姉がチラッと楓を見た。
「…覚悟できた?」
「ふぇっ!?」
「女として生きていく覚悟。」
楓は黙り込んだ。そして決心が付いた。
「…何をすればいいの?」
「そうねぇ…まずは“服装”からね!」
姉は切った食材を火の通った鍋に投入した。
一時間後。夕食を食べ、片付けをしてから、二人は二階にある姉の部屋に入った。
姉はタンスから女物の服をいくつも引っ張り出し始めた。
「楓に似合いそうな服か~…あ!これとか?」
「…全体的に色が明るすぎない?」
「嫌?」
「イヤ、別に…。」
楓は中学校の制服を脱いだ。すると、姉は女物のパンツも引っ張り出した。
「今履いているパンツ脱いでこれ履きな。」
「これも!!?」
「当たり前でしょ!?」
「えええええええっ……。」
楓は白ブリーフを脱ぎ、姉から渡された水色のパンツを渡された。
そして白いフリル付きのピンク色のキャミソールを着て、その上から腕の部分が巫女服の様にぶかぶかしている水色のボレロ、黄緑色のロングスカートを履いた。
「あっらぁ~…思っていたよりも似合っている…でも髪型が変ねぇ…」
「え?うわちょっ…!!」
姉は棚から取り出したヘアスプレーの蓋を開け、中から泡を出して、それを楓の頭全体に付け、前髪の2/3を右に寄せた。楓からは左に見える。そして残りの1/3の前髪を楓の右耳に掛けた。
「うん!!これでばっちり!!!」
「あわわわわっ…!」
姉は楓の右肩をポンッと叩き、
「それじゃ、公園に行こっか!!」
姉は唐突にそう言った。
「…は?」
「女の子に必要な物その二!“恋心”よ!!!」
「はぁぁぁぁっ!!!?男に恋心を抱けっていうのぉぉぉっ!!!?」
「別に男じゃ無くても構わないわよ。世の中には百合やレズという言葉もあるわ!!男同士もありよ、あり!それにこれからは女として生きていくんでしょ?」
「だからって恋は…それにこの時間だと、街のチンピラが集まってる所ばっかりじゃん…この間も僕のクラスメイトの何人かが囲まれてひどい目に遭ったって…!」
「私が陰で見守ってあげるから大丈夫よ!!さ、行こっ!!」
「うぅ~…」
楓は部屋を出て外出する準備をし始めた。その間、姉はなぜか引き出しからリボルバータイプの拳銃を手に取ってからバッグを取って部屋を出た。
準備が出来た楓とばったり会う。楓は姉が持っている物を見て顔を真っ青にした。
「お…お姉ちゃん、何持ってるの…?」
「本物だと思ってる?これは“プロップガン”よ。映画で使われているような物よ。」
「…それでチンピラを脅すの?」
「えぇ。楓が危なそうな時にね。じゃ、行こう。」
「…イヤな予感しかしない…。」
夜の8時が近づいていた。家から割と離れている東側の公園に来た。誰も居ないようだ。
楓はベンチに座り、姉は双眼鏡を手に持ちながら茂みに隠れた。
__もしチンピラに捕まって、僕が男だっていう事がばれたら、僕どうなるんだろう…?殺される?
そのまま二十分が過ぎた。楓の携帯に表示されている時計が8時になった。
すると、公園の入り口から車のタイヤの音と複数の男達の話し声が聞こえてきた。携帯の画面を見ているフリをしながらチラリと右を見た。
例のチンピラ達だった。
__し…しまったぁぁッ…!!
楓は自然に、姉が隠れている後ろの茂みを見た。姉は双眼鏡でチンピラ達を見たとたん、冷や汗をかき始めた。
すると、
「ねぇ君!」
「え?」
ニット帽を被って紫色のジャージを着ている頭の悪そうなチンピラの一人が楓に声をかけてきた。そいつは少し下を向いている楓の顔を覗き込んだ。楓は少し怯えている。
「見ない顔だね…意外と可愛いじゃん!!」
「はっ!!?か…かわいい…!!?」
__うそでしょ!!?スッピンだよ!?髪型無理矢理変えられただけだよ!!!?
楓は近づいてくる男の顔を右手で押さえながら、
「じょ…冗談はやめてください!」
「え!?冗談で言ったわけじゃ無いんだけどなぁ…」
それを聞いたとたん、楓は頬を照らし、姉は茂みの中でなぜかガッツポーズをした。
そして、チンピラ達は楓の腕や足を掴み始めた。楓は持っていた携帯を落としてしまった。
「…え?」
__…え?
楓と姉は困惑する。
「良いところに連れて行ってあげよう!きっと喜ぶよ!!」「さぁさぁ行こうぜ!!」「近くに車停めたからさ、それに乗ってこうぜ!!」
「あ…あの…!!私これから大事な予定が…!!」
「大事な予定がある子は普通こんな所で時間つぶししないの!!」「おいエンジンかけろ!!」
チンピラ達は楓を持ち上げ、大型のミニバンに向かっていく。
楓は今やられている事を理解し、チンピラ達から逃れようと藻掻き始めた。
「嫌だ!!離せ!!離せぇぇッ!!!」
「コラコラ、可愛い女の子がそんな言葉遣いするんじゃないの!!」
チンピラは楓の口を塞ぎ始めた。
「___!!?」
__まずいッ…!!!
姉はプロップガンの撃鉄を下ろし、茂みから出ようとした。
「おい、何してんだお前ら。」
車の隣から、クールな男の声が聞こえてきた。楓は声の主を見ようとせず、ただただ必死に藻掻いている。チンピラ達は声の主に顔を向けていた。
金に近い髪色で癖毛が多々ある髪型、ステンレスフレームの眼鏡を耳に掛けながら近所のコンビニのビニール袋を右手に持っている長身細身の青年だった。おそらく高校生だろう。
「嫌がってるじゃないか。離してやれよ。」
青年はチンピラ達に歩み寄ってくる。
「手前は関係ねぇだろうが__」
突然、青年はチンピラの顔を右手の拳で殴り飛ばした。楓からこの男の右手が離れ、他のチンピラ達に墜ちていった。全員の手が楓から離れ、解放されて蹌踉めいている楓を青年は左腕で優しく柔らかく抱いた。
「大丈夫か?」
「は…はい__」
楓はふと、上を向いた。青年の顔が見える。眼鏡を掛けていても分かる美男子だ。
そうと分かった楓の恋心に何か急な変化があったのか、胸が高まった。
__あれ…なんだろう…この感じ…?
「とりあえず、ここから遠くに離れて。」
「え?あ、はい…!」
青年は楓を離し、楓は駆け足で木の陰に隠れた。
「え、そこ?」
青年は少し困惑したが、立ち上がって突っ込んできたチンピラ達に気づき、しゃがんだ。チンピラの拳は空を切り、青年の体に当たって転倒した。青年はビニール袋の持ち手を拳で固く握りしめ、素早く立ち上がり、次々と迫ってくるチンピラ達に思いっきりぶつけた。三人ほどが草村に倒れ込み、もう一度立ち上がって青年に拳を投げた。青年は一人のチンピラの服の襟を掴み、引っ張った。投げつけられた拳はそのチンピラの右頬に当たり、殴られたチンピラの歯が口から飛び出てきて地面に落ちた。青年は掴んでいたチンピラを地面に叩きつけた。
殴ってしまった男は青年に怯えてジリジリと後退を始めた。
「どうした?怖くなったか?あ?」
「へ…けッ!!」
頭の悪そうなチンピラは、ジャージのポケットからバタフライナイフを取り出し、刃を出し、雄々しく立っている青年に向けた。
「怖い?怖くねぇよ!!今俺はお前にさ__」
青年はゆっくりとチンピラに歩み寄っていく。
「なッ…!!!怖くねぇのか!!!ナイフだぞナイフ__」
青年とチンピラの顔が一気に近づく。
「俺を怖がらせたいのなら…」
青年は大きく右腕を振りかざし、
「___!!?」
「(S&W)M500持ってこんかいぃぃぃッ!!!!!」
右腕の拳はチンピラの腹に強く当たり、チンピラは宙高く飛び、倒れていたチンピラ達に墜ちた。
青年はバタフライナイフを手に取り、墜ち崩れたチンピラの塊に歩み寄り、実際頭の悪かったチンピラにしゃがんでナイフの刃を向けた。
「ひっ…!!!!」
「これからはあの子に近づきも話しかけもすんなよ。いいな?」
「は…はひぃ!!!わかぁりましたぁ!!!!」
涙目になっているチンピラ達は大急ぎで大型のミニバンに乗り込み、どこかへ走って行った。
「…もう出てきていいぞ。」
楓は木の陰からゆっくりと出てくる。
「あ…あの、ありがとうございました…!助けていただいて…」
「礼はいいよ。怪我はない?」
「は、はい…あの…ビニール袋…」青年が持っていたビニール袋は砂利の地面に叩かれていて、中からコーラとおぼしき液体が垂れ出ている。
「あぁ…気にしなくて良いよ。」
楓は財布から五千円を出して、それを青年に渡した。
「……?」
「あの…御礼にこれ…」
「別にいいって」
「お、お願いします!お荷物が潰れちゃったのは私の責任ですから!!」
「…解ったよ。じゃ、一週間後此所で会おう。」
「え…あっ、はい…あの、お名前は?」
「…“夏目修次郎”だ。君は?」
「さ…“咲良楓”です…」
__ハッ!?何本名言ってるんだ僕はぁぁぁ!!!
楓は思わず本名を言ってしまい焦った。
が、
「楓ちゃんか…わかった。じゃぁな。」
修次郎は北に向かって歩いて行き、やがて姿が見えなくなった。
草村から姉が出てくる。ニヤニヤと笑っている。
「ん~。苦難もあったけど、これは成功で良いよね?」
楓は修次郎の姿が消えても、北を見たまま、固まっている。
「…楓?」
姉は楓の顔を覗き込む。
頬を赤く染めながら、うっとりとしていた。
「修次郎さん…いい人だったなぁ…」
__…これは効果がありすぎでしょ…。
翌日の中学校。
楓は教室で椅子に座り両腕を机に置きながら窓を見ている。惚けている。昨日会った修次郎の事が、一晩経っても記憶が薄れていないようだ。
すると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「楓君…!」
楓は無反応だ。
「…楓君?」
まだ無反応の様だ。
「…楓君!!」
ようやく楓の意識が戻り、声の主に気づいた。ハッとなり、後ろを振り向くと、安堵の溜息を漏らしていた優実だった。
「…何?」
「ごめん…ちょっと手伝って…男の人が付いていてくれないとちょっと…」
「僕じゃ無きゃダメ?」
「あ…その…頼れる人が楓君しか居なくて…英二君とか橋田君、今体育館で遊んでて、手が離せなさそうだったから…」
英二と橋田とは、毎日の様に楓に女装を奨めていた楓の友人である。
「…判ったよ。」
優実は微笑んだ。
「で、どこに?」
「あっ、職員室から書類を持って行くの。」
二人は一階にある職員室に向かい、入り、書類の束の前に行く。
「…優実ちゃん一人だとかなりキツイよねこれ…」
「うん…」
段ボールに入っている書類は束というより、段ボールに入っているおもちゃのように無造作に重なっていた。幸い段ボールは二つで、昼休みが終わるまで二十五分ある。往復十分ですれば次の授業に間に合うだろう。
その隣のデスクには、二人のクラスの担任の先生である“高成卓也”が腰をさすりながら座っていた。
「…先生大丈夫?」「保健室行ったら?」
二人が心配そうな顔で卓也先生を見つめた。卓也先生は震えた口をゆっくりと開いた。
「だ…大丈夫…。最後の最後で“ぎっくり“しちゃっただけだから…」
「いや保健室行けよ。」
卓也の隣の阪井という中年男の先生がそう言った。
「とりあえず、これを二人で持ち上げよう。」
「は、はい…__」
前に進んだ楓の左肩と、おどおどしていた優実の右肩がトンッと当たった。
「ふぇっ!!?」
「どっ…どうしたの!?」
「い…いや、なんでもないよ!!さっ!そっち持って!!」
「あ…うん…。」
二十分後、二つの段ボールを教室に運び終え、二人は何かに解放された様な気がして、深呼吸をした.
すると、優実が楓の横顔を見つめていた。
「…何?」
「えっ…いや、その…今日の楓君、いつもと違って大人しいから…。いつも英二君達と遊んでいるから、元気ないのかぁ、って…。」
「…元気が無いっていうか…むしろ元気だよ、今日は。 アハハっ…実は昨日、お姉ちゃんに__」
チャイムが鳴り、会話が遮られた。
「あっ…。ま、とりあえず席に座ろっか。」
「は、はい…!」
その日の放課後。楓が校門までの道を歩いていると、優実が駆け足で来た。
「どうしたの?」
「いや…昼休みに言ってた「お姉ちゃんが」って…何があったの?」
楓は女装したことを言おうかと思ったが、
「いや、なんでもないよ。いつもよりちょっとはしゃいで帰って来ただけ。」
「そっか…楓君のお姉ちゃん、昔からやんちゃな人だもんね…良かった…。」
「…?」
と、楓は優実に訊きたいことが思い浮かんだ。
「…優実ちゃん。」
「はい?」
「僕が“女装”したら、どうする?」
「…え?…まさか…英二君達にさせられたんですか?」
「いや、そうじゃなくて…。仮にだよ。僕が女装した姿を、優実ちゃんの目の前で見せる日が来たなら、どう言う態度をとるのかなって…」
数秒の沈黙が走る。とても気まずい。
と、
「…私は…いつもの楓君が好きです。」
思いも寄らない回答が返ってきて、楓は顔を真っ赤にしてうつむき、伏せ目になった。
楓は自宅に帰ってきた。
広間に行くと、姉が有る服全て持ってきていた。足の踏み場が無い。
「…ただいま…。何してんの?」
「おかえり!今楓に似合いそうな服を組み合わせてるの!」
楓は辺りを見回す。特に着たいとは思えないものばかりだ。
と、姉が組み終えた服を持ちながら立ち上がり、服を手渡した。
「ほら、これ着てみな!」
楓は髪を昨日のように整えた後、ピンクの縞模様があるパンツ、その上に黒いストッキング、さらに黄色のミニスカートを履いた。上はピンク色の生地に白い文字で英文がプリントされている七分丈のTシャツ、その上にデニムジャケットを着た。
鏡の前に立つ。着てみないとわからないことがあるのだと感じた。
「あら、随分似合ってるわね…。」
「うん…っ!」
__これで六日後、あの公園行こう…!
そう決めた楓は、服を脱ぎ、自分の部屋に入った。