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2015年/短編まとめ

その厚意を素直に受け取れない子供

作者: 文崎 美生

ちょっとヤバイ、かも。

大体そう思った時には遅くて、いつも大丈夫大丈夫で済ました結果だと思って受け入れる。

元々そうなる原因を作っていて、処理をしなかったのは自分自身なのだから。


だけど今回は本当にヤバイ気がする。

ぐらりと頭やら視界やらが傾いたような気がした時には、体が傾いて世界が傾いていた。

しかも現在地階段。

あー、不味かったな。


誰かが自分を呼ぶ声がしたけれど、駄目だこりゃ、と視界を真っ黒に染め上げた。




***




パチッ、と目が開いた時眩しくて開いた目が閉じかけた。

徐々に光に慣れていってしっかりと目が開くようになった時に見えたのは、少し汚れた白い天井。

よく見慣れたそれが保健室のものだということに気付くのには、そんなに時間は必要なかった。


体調不良、貧血、眩暈、吐き気、頭痛、睡眠不足、栄養不足、休養不足。

浮かんで来る症状やら原因やらの名詞。

いつものことだけど、それで誰かに迷惑をかけてちゃ駄目なんだよなぁ。


てか、意識失う前に誰かが呼んでたけど、誰だったんだろう。

未だに優れない体調だが少し寝れたおかげでまた倒れることはない、そう判断して時間を確認するために上半身を起こす。

安っぽいベッドが音を立てて軋む。


時計、携帯……とブレザーか掛けていたはずの眼鏡を探す。

携帯はブレザーのポケットだし、眼鏡がないと壁に掛けてある時計が見えない。

指先の感覚だけで探せば、何かが指先に当たる。


「……ん」


自分じゃない人間の声。

慌てて何かが当たった指先を引っ込めて、完全にぼやけた視界の中に声を漏らした人間を入れる。

見えにくい、見えない。


仕方なく顔を近づければボヤけているけれど、見覚えのある顔な気がする。

ベッドに突っ伏すようにして寝ている誰か。

くそ、眼鏡どこだ。


「……ミク?」


「えっと……」


自分の名前を呼ぶ人物に首を傾ける。

声はやっぱり知っているけれど、名前がすぐに出てこなくて上手く反応出来ない。

こういう時に視力が悪いのは不便だ。

目を細めれば、相手は小さく吹き出して「あぁ、ごめんな」なんて言う。


それから相手の手が伸びてきて、視界がクリアになる。

ぼやけることもない世界。

超ド近眼に強めの乱視が入っている私は、眼鏡がないと生活出来ないことを今更思い知らされた気分だ。


「あ、オミくん」


「『あ、オミくん』じゃねぇよ」


私に眼鏡をかけさせてくれた、先程まで一緒になって寝ていた人物は思い切り顔を歪める。

端正な顔が台無しだ、と言いたいが言ったら多分怒鳴られるので口を噤む。


私を保健室へ運んでくれたのであろうオミくんは、左目の隠れる長い前髪を払いながら「お前なぁ」とお説教モードに入っていた。

階段から落ちたのはお昼休みで、多分もう五時間目の最中だろう。

廊下が静かで何故か保健室には私とオミくんしかいないようだ。


私の思考は遠くに向かうけれど、ベッド横に座っているオミくんの口からはお説教と言う名のBGMが流れ続けている。

オミくんとは幼馴染みだが、他の幼馴染みの中でも一番お説教が長い。

女かってくらいネチネチと責められた時なんて、正直泣きそうになった。


「お前、聞いてないだろ」


「あ、うん」


私が素直に肯けば思い切り眉間に皺が寄る。

だってオミくんのお説教長いし、怖いし。

半分意識飛ばして聞くくらいが丁度いいはずだ。

ついでに言うと、まだ頭がぼんやりしているので聞く気にもなれないし、喋るのも億劫だったりする。


ベッドに座り込んだままの私を見て、オミくんは私の肩を軽く押す。

その瞬間にグラリと体が傾いて、起こしていたはずの上半身が真っ白なシーツに沈む。

ベッドのスプリングが軋む音と、オミくんの溜息がほぼ同時に聞こえた。


「何日寝てない」


「三日。三徹」


さっきまで寝ていたけれど、ベッドに横になるとまたしても睡魔が襲う。

三日も寝ないで学校来れたのは、きっと若さのおかげだから年齢には感謝する。

その代わり体力がないからこんな風に簡単に倒れたりもする。


「昼、食ったのは」


「十秒チャージ」


「それ食ったって言わないから」


この会話も慣れたもので、他の幼馴染みとも何度かしているものだ。

倒れた時に助けてくれたり、発見してくれたのが幼馴染みじゃなくても、心配してやって来ては同じ質問をして私が答える。

そして私の答えに頭が痛い、とでも言うような反応をするのだ。


まだ大丈夫と思うのはいつものこと。

だから倒れるのもいつものこと。

どの道自分の事を過信しているだけだったりもするけれど、一応生きてるからそれでいい。


「取り敢えず残りの時間は寝てろ。終わったら迎えに来るから、帰りになんか食べて帰るぞ」


これもいつものこと。

睡眠不足だからギリギリまで寝ていろ。

栄養不足だから何か食わせてやる。


だから私は笑う。

決して謝らない。

だって謝ったらもう倒れないって、そう約束させられるに決まっているから。

守れない約束はしちゃいけない。


「有難うね」


ごめんね、なんて言ったら私が間違ってることになる。

「無理すんなよ」なんてオミくんの忠告にも、曖昧に笑って布団を被る私は狡い。


睡眠時間よりも食事の時間よりも、何よりも使いたい時間に時間を使えないのが怖い。

それをやっていないと落ち着かないし怖い。

ある意味中毒。


オミくんの溜息を聞こえなかったふりで、静かに目を閉じる。

体全体を包み込んでいる倦怠感に身を任せて、目を閉じれば真っ黒な場所に、眠ると言う形で連れ去られた。

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