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あまり期待はしていない、やや気の抜けた様子で、隆善と紫苑、そして虎目は、邸の中を探索した。水瓶の中を覗いてみたりしながら、紫苑は首を傾げる。
「それにしても……師匠。何でその化け物、途中で帰っちゃったんでしょうね? 別に、何か邪魔が入ったわけでもないみたいですし……」
「さぁな。……それよりも、紫苑。これ、何かわかるか?」
何かを見付けたらしい隆善が、右手を紫苑に突き出してくる。その手の上に載せられた物を見て、紫苑は眉をひそめた。
「……これ……虫の翅、ですか?」
隆善の手に載せられていた物は、薄くて透明な物だった。紫苑の答は正しかったのだろう。隆善が、頷いた。
「だが、ただの虫の翅じゃない」
「え?」
目を丸くして、紫苑は再び虫の翅を見た。だが、何がどう違うのか、紫苑にはわからない。
「……何だろ。虎目、これ……普通の虫の翅と何が違うか、わかる?」
すると、虎目は、翅の近くで鼻をフンフンと鳴らし、そして臭そうに顔を顰めた。
「ふぅむ……呪術に使った臭いがするにゃ。それも、かにゃり臭い」
「呪術? 虫の翅で、呪術って……それって……」
「蠱毒、だな」
頷き、隆善は翅を指先で弄んだ。
「因みに訊くが、紫苑。蠱毒が何なのかは、わかってんだろうな?」
「え? ……あ、いやー……えへへ……」
バツが悪そうに頭を掻く紫苑に、隆善は、今度は隠す事もせずに大きく深いため息を吐いた。そして、虎目を見る。
「……おい、虎目」
「にゃんでオイラが……」
抗議をしかけて、するだけ無駄だとでも思ったのか。虎目もため息をついた。
「まずにゃ、蠱毒が毒の一種っぽい、という事は、にゃんとにゃくわかるにゃ?」
「うん」
紫苑が頷いたのを確認してから、虎目は言葉を続けた。
「作り方は、聞くだけにゃら、とっても簡単にゃ。まず、たくさんの虫を捕ってくる。次に、壺とかに捕ってきた虫を全部突っ込み、蓋をする。それだけにゃ」
「……それだけ?」
思わず、紫苑は声をあげた。それから、「ん?」と首を傾げる。
「でも、狭いところに虫をたくさん閉じ込めたりしたら、喧嘩をしたり、共食いをしちゃったりするんじゃ……」
「それが狙いにゃ」
胸糞悪そうに、虎目は吐き捨てた。
「密閉空間の中で、虫達は戦い、弱い相手を食ってしまうんにゃ。勝った虫には、負けた虫の恨みつらみがどんどん蓄積されていく。そして、最後に残った最強の一匹には、一緒に閉じ込められていた虫達全ての恨みが溜まっているっていう寸法にゃ。……これが、蠱毒」
特に訂正する点は無かったのだろう。隆善が頷き、補足するように口を開いた。
「この蠱毒って奴は厄介でな。虫自体が強力な呪力を持った鬼になる事もあるし、これを材料にして呪いをかける事もある。……因みに、毒って奴は、材料の草の調合法を変えれば薬にもなるが、この蠱毒は薬にはなり得ねぇ。相手を傷付ける事にしか使えねぇシロモノだ」
「そんな物が、何で……」
紫苑の疑問に、隆善は「さぁな」と言って首を横に振った。
「ま、気配を辿ってみりゃあ、こんなモンを使った、ふざけた野郎のところまで行けるだろ。……行くぞ」
そう言って隆善は虫の翅を持ったまま、門の方角へと歩き出す。紫苑と虎目は、それを慌てて追った。




