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「化け物……ですか?」

 ところは、とある中流貴族の姫君が住まう邸。心地よい風が吹き通る寝殿で、帳台座するこの邸の主に向かい。依頼があると呼び出された瓢谷隆善は、眉をひそめた。すると、御簾で姿を隠した女主人に代わり、帳台の前に控えていた女房が激しい勢いで首を振る。

「はい。昨夜、この邸の者達で月を愛でていましたところ、熊ほどもある大きさの、蜘蛛の化け物が……。もう、恐ろしくて恐ろしくて! ……そこで、近頃巷で評判の陰陽師、瓢谷隆善様に、何とかして頂けないかと思いまして……」

 女房の言葉に、一瞬だけ隆善が面倒臭そうな顔をしたであろう事は、想像に難くない。隆善の背後に控えている紫苑には、その顔が見えるようだ。

「それで……被害は? どのような……」

「はい、その化け物が姫様に襲い掛かった時には、どうなる事かと思ったのですが……あわやというところで急に向きを変えて、引き返して行きまして。これはきっと、姫様が毎日お経を唱えていらっしゃるから、仏様が助けて下さったのでございますねぇ」

 女房の話は、自己完結しているように聞こえる。そろそろ隆善が

「あ、では調伏などしなくても問題はございませんね。それでは」

 などと言って立ち上がり、本当に帰ろうとしてしまうのでは……と紫苑が不安に思い始めた頃だ。

「ですが、また襲われるような事になった時、次も無事に済むとは限りませぬ」

 御簾の向こうから、落ち着いた女性の声が聞こえた。どうやら、この邸の主である姫君の声だ。

「邸の者達も怯えております故、瓢谷様にあの化け物を探しだし、退治して頂きたいのでございます」

「姫様も、このように仰っておられます。勿論、お礼は致しますので……瓢谷様、それに、お弟子様も。何卒、当家を……姫様をお救いくださいますよう、お願いいたします!」

 姫に直訴され、女房に頭を下げられて。どうにも断り辛くなったらしい隆善は、姫達には気付かれぬほど小さく微かな声と動作で、ため息をついた。

「わかりました。それでは、まずは邸の中を拝見しとうございます。その化け物が、何か痕跡を残していないか……調べてみようと思いますので」

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