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「……」

「……」

「……と、まぁ……こんにゃ話にゃ」

 語り終えた虎目が、ふはぁ、と大きく息を吐いた。一方、聞き終えた葵と弓弦は、何とも言えぬ引き攣った顔をしている。

「それはその……何と言うか……」

「馬鹿だ馬鹿だとは思っておりましたが、そこまで馬鹿でしたとは……」

 ちらりと視線を動かせば、紫苑はまだ栗麿を追いかけ回している。二人揃って、ため息をついた。

『とりあえず、今後の方針が一つ決まったな。あの馬鹿がいる時は、末広比売を表には出さない。それで良いな、葵?』

『やーっ! すえ、くりしゃんとあそびたい!』

『我儘を言うな! あの馬鹿と一緒にいると、何をされるかわからんし、何が起きるのかもわからんのだぞ! 末広比売だけでなく、葵の身体にまで何かがあったらどうする!』

『おとうしゃんは、すえがまもるもん!』

『えぇい、少しは聞き分けんか!』

「……待って。待って二人とも。流石に今は、喧嘩はやめてくれないかな? あと、荒刀海彦。その言い分を通すと、栗麿がいる時は常に荒刀海彦が表に出て、栗麿の相手をする事になるんだけど、それで良いの?」

 体内で二つの魂が言い争っているためか、疲れているためか。頭がズキズキと痛む。こめかみを抑えながら言う葵に、荒刀海彦と末広比売は黙り込んだ。

 そうこうしているうちに、紫苑が頭から湯気を噴き出しつつ戻ってくる。気の晴れない顔をしているところから察するに、栗麿には逃げられたのかもしれない。事実、辺りに栗麿の姿が見当たらない。

「あぁ、もう! 逃げられたー!」

 憤慨しながら、その場に座り込む。虎目が「あー……」と間抜けな声を発した。

「相変わらず、逃げ足が速いにゃー、あの馬鹿は……」

「うん。確実に栗麿を捕まえて鉄拳制裁を喰らわせる事ができる人なんて、師匠しかいないぐらいだもんね」

「ほう……あの傲岸不遜な若造も、中々やるものだな」

 表に出てきた荒刀海彦が、興味深そうに言った。すると、弓弦がそれを軽く睨み付ける。

「感心するのは構いませんが、だからと言って、自らもそれを成す事ができるようになろうなどとは考えないでくださいませね、父上様。父上様があの栗麿と同程度の争いをするようになってしまっては、目も当てられのうございます」

「ム……気を付けよう」

「今、さり気にゃく隆善の事も馬鹿にしたにゃー、弓弦と荒刀海彦……」

「いつも罵り合ってる虎目も対象だよ、多分……」

 呆れた顔で虎目が言い、更に呆れた顔で紫苑が言う。その間に、葵の身体の主導権は葵に戻された。

「それにしても、栗麿って……本当に行動力は凄いよね。その点は惟幸師匠も評価してたっけ」

「惟幸の評価を基準に考えるんじゃにゃーわ!」

「父様は、栗麿の騒動に巻き込まれた事、無いもんねぇ……」

「行動力のある馬鹿ほど、手に負えぬ者は無いかと存じますが」

『まったくだ。自らが起こした騒ぎを自らの手で収束させる事ができぬ者は、邸に籠り動かないでいてもらいたいな』

 誰からも同意を得られないどころか、息継ぐ暇も無く貶され、葵は苦笑した。もっとも、貶されたのは葵ではないが。

 いつもいつも、これだけ貶されているにも関わらず、一向にへこたれる様子が無いどころか「麿は悪くないでおじゃる」を貫けるのは、ある意味凄い。……が、それを口にすればまた怒涛の貶し言葉を聞く事になりそうだと察し、葵は口をつぐむ。その時だ。

 少し離れたところから、バキバキという木が割れるような音が聞こえた。次いで、ドドド……という音が聞こえ、更に微かな地響きが感じられるようになる。何やら、かなり遠くから悲鳴やざわめきまで聞こえてくるようだ。

 葵、弓弦、紫苑、虎目は、思わず顔を見合わせた。先ほどの話を聞いた後だからだろうか。何やらものすごく、嫌な予感がする。

 どうやらそれは荒刀海彦も同じのようで、葵は自分の予感とはまた別のところで胸がざわつくのを感じた。末広比売だけは未知の出来事にワクワクしているようで、どこか高揚感も覚えている。

 やがて、暗い中でもはっきり見える程派手な土煙と共に、二つの影が葵達の方へと向かってきた。影の一つは、普通の三倍ほどはありそうなほどに大きな牛のような化け物。そしてもう一つは……考えるまでもない。

「ヒーッ! 何で、よりにもよって黒太郎が暴走した日に黒実まで暴走するんでおじゃる!? ……と言うか、暴走するにしても、何で麿を狙うんでおじゃるかぁっ! 麿はお前の、パパンでおじゃるよぉぉぉっ!」

 まっすぐに走ってきた栗麿は、彼が作ったらしい式神に追い掛けられたまま、まっすぐにその場を駆け抜けていく。思わず身構えていた葵達は、呆気にとられてその後ろ姿を眺める。その後すぐに、紫苑と虎目が、決まりごとのように大きく息を吸った。

「またお前か!!」

 その叫び声が夜の闇に溶けても、まだ栗麿達が発する地響きと、遠くから聞こえる悲鳴やざわめきは収まらない。

 一同は、揃って大きなため息を吐き。そして事態を収束させるべく、大儀そうに立ち上がった。



(了)

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