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知識馬鹿  作者: よもぎ
4/8

4

続き

 アールヴが去って3日。


 俺はいつも通りの日常生活を送っている。


「ローランド、いるか?」


 ノックと同時に聞こえてきた声は、兄のレオナルドのもの。


 珍しい。俺の研究室に来客が来るなど。ん?初めてのことか?


「何か?」

「・・・・入れてはくれないのか?」


 ふむ、客はもてなすものだな。


 俺はカギを開け、兄を部屋に招き入れた。


「相変わらず研究に明け暮れているのかい?」

「ああ、まだまだ知らないことが多い」

「で、何も食べてないんだろ?」


 言われて気づく。最後に食事をとったのはいつだったか?


 最後にアールヴと会った日だろうか?


 今気づいた、という俺の様子に、兄は苦笑いを浮かべ手にしていたものを差し出した。


「研究結果を見る前に餓死する気か?」

「まさか?結果を見れないのに、研究する人間がいるのか?」


 そこにあったのは、片手で食べられるようにパンに具材を挟んだものだった。


 研究の片手間に食べられるように、アールヴがいつも用意してくれていたもの。


 うむ、いなくなった人間のことを考えても意味がないな。いや、アールヴは人間ではなく、森の民か。


「で、研究は進んでいるのかい?」


 なんだか気持ちが悪い。風邪だろうか?研究は体が資本だ。あとで医者に診てもらうか。


「正直、はかどっていない。この3日の間、得られた知識は皆無だな」


 実験はどれも失敗続き。単純なミスが続いている。


 疲れているのだろうか?


 そういえば、アールヴがよく言っていたな、適度な睡眠と食事、それが脳を働かせる一番の栄養です、と。


 ふむ、今の俺は確かに健康ではないのかもしれない。なかなかパンが飲み込めないのもそのせいだろう。


 これでは、俺の得たいものが得られない。


「悪いが兄上、今日はもう帰ってくれないか」

「ん?どうした?体調でも悪いのか?」

「ああ。どうやら俺は健康を害しているらしい」

「へぇ~、どこが悪いんだい?」

「この3日間、俺は注意力が低下していた。体に必要な栄養素である食事を、この体は拒んでいる」


 兄に言いながら、俺は頭の中で医学書を広げる。この症状に当てはまるのはどんな病か?


「それは、本当に病かな?」

「??どういうことだ?」


 兄の一言に、俺は興味をひかれた。


「お前は3日間、といったね」

「ああ」

「それは、お前の傍にアールヴがいなくなってからということだろ?」


 そう、かもしれない。


「今まで、アールヴはお前の近くに常にいたからね。環境が変わったせいじゃないかな?」

「なるほど、確かに。では、アールヴのいない環境に順応できれば、この症状は治まるのか」

「順応、できるのかい?」

「できる、できないの問題ではない!」

「どうした?声を荒げるなんて、珍しいじゃないか?」


 なんだ、このもやもやは?


「アールヴは森に帰った。あの植物は、森の民のものだった」

「それで」


 アールヴが言ったのだ、人の手は借りたくない、と。


 森の民と人間の間には溝がある。


 それは、はるか過去の因縁による。


「アールヴはもう、戻ってこない」

「それで、お前はいいのかい?」

「いい悪いの問題では・・・」

「問題なんだよ。お前の心の、ね」


 俺の心?


 心?


 そんな不確かで、目に見えないものを、問題にするなんてばかばかしい!!


「兄上、質問の意味が分かりかねる!!」

「いや、わからなければいけないんだよ」


 どこまでも穏やかな兄の声が、癇に障る(・・・・)


「お前の生い立ちを、今の境遇を俺は知っている。今のお前を生み出したのは、確かに過去の出来事だろう」

「・・・・・」

 

 穏やかな声。あの時と同じ。


 俺は、知らないうちにこぶしを握りしめていた。


「でも、もうお前は子どもじゃない。知識以外、なにも執着しなかったお前が、初めて執着したものを、俺は取り上げなかっただろう?」

「・・・・・・」


 初めて執着したもの?


「お前は頭がいいからな。自分の存在が、人にいい影響も悪い影響も与えることを知っている。だから、知識の世界に没頭した」


 俺の母は、兄の母より王家に近い血筋だった。


「でも、いい加減大人になれ。人がどれだけ嫌いでも、お前は人なんだよ」


 打算も計算も、下心も、みんな嫌いだ。


 ふつふつと湧き上がってきた何かに、俺は歯を食いしばるしかない。


「お前にも、心はあるんだよ。醜いものも、美しいものも」


 心?そんな不確かなもの・・・・・


「お前は、アールヴがいなくなっていいのか?もう二度と会えなくても、今まで通り生活できるのか?」


『ローラ、いけません』

『ローラ、食事は摂らなければ研究に差しさわりますよ』

『ローラ?』


 打算も計算も、なんの下心もなく、俺に触れた最初の人。


 あのまま、本当は死んでもいいと思っていたのに・・・・。


『あの時あなたが口にしたのは、ただのしびれ草です。私が解毒しました』


 ぶっきらぼうに言う少女の顔が、迷惑と大きく書いてあった顔に、俺はあの時、初めて、人に対して、ほっとしたんだ。


「だが!!どうしろと!!アールヴが望んだんだ!!人の手は借りないと!!」

「だから手を引くのかい?」


 兄の言葉に、イライラする。


「アールヴが望んでいる!!」

「お前は?」


 俺は?


「俺は!!」

「俺は?」

「俺は!!」

「お前のしたいことは?」


 俺のしたいこと?俺の望み?俺の望みは・・・・。


「俺は・・・・・」


 俺の望みはただ一つ!!


「俺は、あの植物を研究したい!!」


 そうだ!!俺は知識がほしい。


 あの植物を研究したい。そもそもそう思っていいたんだ!!


 一気に視界が晴れた気がした。


「兄上!!」

「・・・・あ、ああ。なんだい?」


 俺の勢いに押されたのか、のけぞる兄に俺は迫る。


「あの植物を手に入れてくれ!!」

「あ。アールヴは人の手を借りたくないって言ったんだろ?」

「別に手を貸すつもりなどないさ。俺は俺の知識を増やすだけだ!!」


 ふむ、さっきまでのもやもやはもうない。やはり病ではなかったようだ。


 そうとなればいろいろと準備をしなければ!!




 輝きだした瞳に、兄は思う。


(すまん、アールヴ)


 晴れ晴れとした弟を前に、兄は心の中で詫びるのだった。

ああ、文才がほしい。

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