アルセルドの日記。
たとえば依頼心の強い方。私には到底 摸倣できないでしょう、狡猾でいて自立の出来ない心神が勿体無いとは思いますが。例えば正義に酔いしれる純粋な方。目は曇りやすく、無垢ではいられないでしょう。何時から偽善にとって変わるのか?
たとえば傲慢な方。自尊心が高いのは人間における防衛本能として。けれど素直さはいつ見えるのでしょうか。たとえば―。
切れ目の見えない疑問を手帳にぶつけた。墨で汚れてしまった手先が何時の日からか、洗っても、洗っても落ちないのでした。未来、私の疑問に終止符を打つ刻限が参ります。明確な終わりが明日を教えて下さるでしょう。
高く高い塔が見えます、あそこに幽閉された何者かが居るそうです…
聞くところによると、傲慢で意固地で偏屈な輩が住み着いているのだと拝聴しました。いえ、決して興味津々目を爛爛と輝かせていたわけでは…。通りすがりは他人の邪魔をすべきではないと自負しており、何も聴こえないと念じながら(普通得てして親しくも無い第三者の私は)行過ぎました。けれど、このときは如何してか呼び止められました。
一見、若輩なら良かったのにそれなりに肥えてそれなりに年嵩に見える人物でした。中途半端に人生を投げればこうなるのでは?と思える見事な中年です。序、頭皮が寒そうな容姿に目がゆきました。視力も矯正しなければ不自由らしいです。
「たしか、…君は―。」こそこそと隣の子が耳打ちしています、此方は先方より幾分か若そうですが私よりは一つ、二つは上でしょう。眉を持ち上げ合点がいったのか「ん。あ、ああ」と微妙に間の抜けた相槌で私を見詰めました。憎めない表情が苛々を加速させます、「それで君は“あの塔”について、どれくらい知っているのかな?」試されているように聴こえるのは穿ちすぎですか?全くと否定致しました。
「じゃあ、調度良いね」何が調度良いのでしょう?結局、私の正体が如何でも良いのならとっとと時間を省いてください。生憎、私は忙しいのです。表情筋の発達の乏しい私が睨めつけるのにも気付かず。すらすらと語り出しました、もう研究職辞して語り部でも転じたら如何ですか?去り際の皮肉にも「いやぁ、それほどでも無いよ」と嬉しそうです。
職場に戻って優しい先輩に泣き付きました。「私から先生に注意しておくから、」頼もしい御姉さんは素敵です。いつか自分もと無謀な憧れを抱きました。




