花落ち、香る。3
『花朽の最期、』
「兄さん、考え直してくれ。僕にはあなたが必要なんだ…」
断末魔の悲鳴を上げたのは、彼を串刺した義弟のほうだった。赤く、あかく染まる手を引き千切りたい思いで蒼白に震えている。けれど、カルファシアの願いを断ち切れなかったこの子は弱い。精神体が酷く脆弱で容易く壊れてしまうと、人間に擬態していた妖精は考察した。
本来、封印していた記憶は人間の数十年という寿命が尽き肉体が滅んだ時に蘇る筈だった。だが実際は綻びが生じていたようで、カルファシアとして人生を送るのに不要な未来が見えたのだ。より変わり者として目立つのに、微妙な事に町の医者に拾われてしまった。
『人の生涯とは誠、不可思議だ』何故。予定通りには行かないのだろうか?花朽は子供の姿で人間が思案する時に組むような行動をしていた。別に姿を明確にする必要も無いのだが、少しばかり人の概念的な思想に取り付かれている…
海底のような装飾の部屋―群青・蒼・水色の三色を基調に布のめぐらされた壁―薄い掛け布の端で蹲り涙に伏している男。短い黒髪は甘い色味の掛け布団に浮いていた、寝台に顔を押し付け後悔に浸っているのだろうか。半身を凭れ掛け項垂れる彼はカルファシアの義弟だった。
葬式の後から塞ぎがちな彼は段々と、自分が如何にして雫を溢すのか理解に及ばなくなっていた。ただ、哀しく嘆きたい。感傷に浸かっているのだ、と泣き疲れた身体を横たえた姿勢で浅い思考をめぐらす。睡魔は誘った「はじめから何も無かったのだ」と。深い眠りに絡め取られた彼は、一つまた一つとして大事な何かを忘れていった…。
これは生きる為に必要なこと。はじめから死人はいなかったのだ、赤子と妖精の密約は何者も与り知らぬまま終わったのである。恙無く永久に―。
一つだけ言える事。演者人形となった花朽は己の取り決めた枷に雁字搦めだった、気付いた時には自らの手で肉体に終止符を打ち込むことが不可能な状態だったのだ。焦った彼が義弟にその債務を担わせたのは、条件が揃いすぎて逃すわけに行かなかったから。全く、とんだ疫病神である。
現状としては、此の話で『花落ち、香る。』を終結とさせて戴くが悪しからず...