物書きの杞憂5
『現状俯瞰』
可笑しいとは思ったんだ。何かにつけて先進的で洗練された雰囲気があの国には有ったし、中世的な世界観で城も石を積み上げたようなのに比較的快適だった。水が豊かでそれぞれに行き渡っていたことも、とても不可思議だ。普通は上流階級が斡旋するものなのに。
寸刻目覚めた私のよこ、彼は未だ安らかな寝顔を晒している。ここは何処だろう、現実であってもそうではないような途轍もない違和がそこに介在している。やはりというか、石造りなのだけれど簡易な寝具は備え付けて有るし、たとえ石を粗く削りだした上に横たわっていたのが事実でも。上等な布団や上掛けがそれを凌駕していた、
ほかに特筆すべきもなく。秒針が進むのを黙して見入った、この部屋で唯一存在を主張するそれは狂わずに時を打つ。まあ標準時にあっているかと言うと、不確かに保証しなければならない。だが、見詰めている限りでは間断なく時を数えるのに不便なし。約一時間経過したが時折眠くなるだけで、大した変調もなく不動の私はそこにいた。
彼が目覚めるまでの時間、退屈に思いながらもその傍に膝を抱えていたのだ。
あの本が起きた当初、私の顔真横に置かれていたのを亥の一番に認めた。
それ以外、部屋に見覚えの有るものはない。当たり前だ、あれらは夢であって現ではない。その本の装丁に見覚えあれ題名には心当りなかった、そもそも夢の中―仮令、一冊の不明な書が存在したとしてもそれに不安を覚えにくい―思考回路は迷走するものだ。得てして迷っていたようだし、こうして物語の中盤に途中退場できて幸運に思う。気付かなければ今の彼のように延々と惑わされて、生涯を恙無く終了するまで登場人物の仲間だ。私はそっと、装丁をなぞり詰めていた息を吐くと表紙を開いた…。
―『・・・国 忠臣物語』―
やばい。一読する手前から、笑が込み上げてきて堪らない。アルトラルは夢の中の彼(家名)に値する、そして“悲劇の王”との題で一章目に呆気なく死んでしまった、この間抜けが何を隠そう私だったわけだ。まあ、不可思議に思ってはいたけれど操られていたのだと思う、想像外の何者かに演技を求められていたのだ。
それもこれも、総て彼ディアーリのため。人間不信に陥っていた彼のため…