物書きの杞憂
苦し紛れの駄文。
質の良い文書、それをさがしていた。
そして一冊の書籍にであう。真白な頁に愕然として、更にその厚みに慄きすらした。幸い蔵書に名を連ねていないので怪訝に思いつつも持ち出してしまった、まあ咎めようにもはっきりしない罪状では仕方のない。
己に割り当てられた書斎に戻って来た。すると如何だろう、無人かと思われた室内に人の影―はて、貴人に最たる私の部屋に立ち入る等。一体誰だろう?―少し殊の外警戒しなければならないのか。知らず白色の手袋に包まれた掌が緊張する。汗が僅か滲み出た、極力音を出さないよう気を配っても無情になる取手。キィィィィ…と蝶番にたよった開閉音がして書斎の内装が映ると同時に、長椅子に堂々と居座る誰かこと我が親友、宰相ディアーリ・ベルチェ53世だか、58世だか。
「閣下」
ディアーリは幼少の頃世話になりそれ以来の仲だ。しかし何分歳が離れすぎて親子のように思われることが屡有った。私は気に掛けないがディアーリは酷く居心地の悪いだろう気分を味わっていたに違いない。だって彼、常日頃の陰険さもさることながら私の傍に侍っていた時代、眉間の皺が二割り増しなんだもの。今は対等に向き合えるだけ、彼の心労も減って良かったのかなと茶を啜る。見たことのない、真っ青な御茶だった“抹茶”というらしい。手土産にしては些か格式高い気がする、もう少し値も味も賭してくれたって良いのになあ…。
「閣下」
さすがに青筋の浮いたディアーリを二度も居ないものとして扱うのは強者でなくて愚か者だ、私も得てして愚か者になりたいわけではない。「何?」特に然したる理由も無く彼が訪れるわけがない、彼は暇人でなくて多忙な人だ。皆に必要とされて休む暇も、寛ぐ瞬間も無いのだろう。(少し、ほんの少し同情の余地が有る。)抹茶の箱を繁々と観察するふりをして、視線を手許に下げたまま彼の出方を窺った。大概厄介な運びは彼を連れて来るのだ、私にとって―申し訳ないが―彼は疫病神の象徴だった。「閣下、至急王室に御戻り下さい、」ほら矢張り―。
「彼の姫が再訪を願っております」姫?姫って、あの姫?と傾げる私に是と返す宰相。




