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歩兵の英雄  作者: ノム
第一章 歩兵
13/22

歩兵は空を飛ぶ

 潜む。


 本能が告げた、逆らってはいけない相手だ。


 見つかったら何をされるかわからない。


 鬱陶しいネズミなど、いくらでもごまかせる。使役魔法なんて久しぶりに見たが、知識はある。使役魔を殺してしまえば、敵にわざわざ異常を教えることになってしまうだけだ。隠形の技術や魔法、そういった事を考える知能がない魔物に対しては有効な情報収集魔法だが、所詮はそれだけ。

 愚かな人間風情の魔法に、存在を掴まれるわけにはいかない。隠れるだけというのも業腹だが、それでも今はまだ早い。


 そんなことより、今ここを立ち去っていた女の方が脅威だ。自分と同じく隠れることを選択したようだが、隠れた女を見つけることができなかった。明らかに格上だ。


 だが格上ゆえに警戒心を知らない。周囲を探査する魔法でも使えば一瞬で位置も正体もバレただろうに、それをしない。強者ゆえの慢心か。


 あと五日。五日あれば……。


 † † † †


 偵察隊の帰還から、三日がすぎた。それはすなわち今までと変わりない日常が帰ってくるということであり、兵士たちの訓練も再開された。変わったことと言えば、オーガに殺された二人の第一歩兵隊の兵士の代わりに、フィムルとコムが第一歩兵隊に組み込まれたことくらいか。


「武器と目に頼りすぎです!」

「ちっくしょう!」


 明らかに人間業ではない掌底を腹に食らって吹っ飛びながらも、即座に跳ね起きるコム。ギリーが魔力で身体強化を行っているように、コムも魔力を使って体の防御力を上げていた。体内の魔力の存在を感じ取れるようになるまで、長ければ半年もの時間がかかる。さらに感じ取れるかどうかは個々人の資質により、感じ取れない人間の方が圧倒的に多いのだが。コムはそれを三日でマスターしてみせた。


(この才能……! ゾクゾクしますね!)


 右手で振るったショートソードをかわした直後に飛来する前蹴り。武器に頼らず、全身を攻撃の手段にする――ギリーの教えた体術を忠実に実戦に移しているのだ。


(まだまだ甘いですが)


 蹴りが到達する前に、ギリーはコムの軸足を払った。片足で立っていたコムはあっさりと払われ、地面に尻餅を着く。即座に地面を転がってギリーの踏みつけを避けると、力強く地面を叩いて起き上がった。


「今のはなかなか良かったですよ」

「るっせぇ、あっさりかわしやがって!」


 矢のような速度で突進してくるコム。先ほど手放してしまったらしく、その握りこぶしにはショートソードが握られていない。なら、肉弾戦か、とギリーが拳を構えるが、それは勘違いだった。


「っ!?」


 寸前で向きを変えたコムは、落ちていたショートソードを投げた。短いとはいえ、それなりの長さがある剣を投げナイフのように投げる技術に感嘆するが、直線的な軌道は読みやすい。コムから目を離さないように一歩ずれ、剣をかわす。


 にっ、とコムが笑い、その唇が動いた。


「『――風よ』」

「っ、魔法言語!?」


 コムを注視していたギリーは、コムの右手から放られた砂が風に乗ってこちらにやってきたことしかわからなかった。これでは視界を奪われると判断したギリーはとっさに目を瞑る。一秒ほど顔に当たった砂は、ギリーからわずかでも視界を奪ったのだ。だがそれでも、足音や気配からコムがどこにいるのかはわかる――と、ギリーが耳を澄ませるが。


 足音がない。


「っ、しまった!」


 魔力で強化した脚力による、人間離れした跳躍力。コムは大きく跳び――ギリーの顔面に拳を叩き込んだ。



「コム、そう不貞腐れるなよ」

「だってよぉ、あんだけ頑張ったのに一撃も入れられなかったんだぜ!」


 完全に不意を突いたはずの一撃でも、ギリーは不完全ながらも対処してみせた。手のひらでコムの拳を受け止め、そのみぞおちに蹴りを叩き込んだのだ。さすがに勢いが殺しきれずに眼鏡は割れてしまったが、コムは腹を襲った激痛に地面を悶えることになった。身体強化もそこまで万能ではないのだ。


「私の眼鏡を割っておいてその言い様ですか」

「げっ、ギリー副官」

「……まあいいです。あれはもう一撃入れたと言ってもいいと思いますよ。しかし……」


 休憩を言い渡されたフィムルとコムは、調練場の地面に座って話をしていた。フィムルに向けられた鋭い視線に、フィムルは思わず体を震わせる。


「コム、あれは貴方が考えた作戦ではありませんね?」

「おう! フィムルが一生懸命考えて、魔法言語も教えてもらったんだぜ!」

「なるほど。フィムル、貴方は誰に魔法言語を習ったのですか?」

「あ、あのエミルという魔法兵の少女です」


 ビクビクしながら答えたフィムルに、ギリーは内心ため息を吐いた。魔力さえ掴めれば魔法を扱うのはそう難しいことではない。おそらくだがコムも、隠れてかなり長い時間練習したのだろう。それは確かに悪いことではないし、向上心があるのも結構なことだが……。


「私には私の考えがあります。コム、今後フィムルに助言を求めることを禁止します。フィムルも答えないように。自分で考えなさい」

「……わかった」

「……わかりました」

「しかし、魔法を使うというのはいい発想です。コムの魔力量なら多少は魔法を使えるはずなので、それに関する訓練はイエリ副官に頼んでみます」

「マジか!」

「その言葉遣いが直せたら、です」


 額に青筋を浮かべたギリーのアイアンクローが、コムの額に炸裂する。ギシギシと悲鳴を上げる頭蓋骨。たまらずコムはギブアップと言わんばかりに何度か腕をタップした。冷静になったのか、ギリーが手を離す。


「ってぇ、師匠マジで痛かった……です!」

「よろしい」


 再び右手を持ち上げたギリーに怯えるように、コムが敬礼の姿勢を取って丁寧に言い直した。ギリーは満足したように手をおろしたが、その額には未だに青筋が浮かんでいる。フィムルはどこかぼんやりとした様子で、その光景を眺めていた。



「伸び悩んでる?」


 キリグが意外なものを見るかのようにギリーを見た。ギリーは面倒極まりない、という表情を隠そうともせず、キリグに告げる。


「コムは順調に成長していますが……フィムルはそうでもありません」

「なるほど、そういうことか。少なくとも今は、俺の目に狂いはなかったわけだ」


 納得したように頷くキリグに、ギリーが苛立ちと戸惑いの混じった質問を投げかける。訓練が終わった二人は自室に戻ってきており、ここならば誰かに聞かれるということはまずない。堅い木製のベッドに腰掛けながら、ギリーは神経質そうに指をこすり合わせた。


「どういうことですか? コムは確かに異様なほど才能に溢れていますが、フィムルからは才能を感じられません。あれでは凡庸以下です」

「ハッハッハ、確かにな。コムはちょっとおかしいほど才能に恵まれている。三日で魔法を使えるようになるとは。だが、それ以上にフィムルの方がおかしいぞ。あの思考能力、洞察力、観察力、どれをとっても一級品に近い。本人は気づいてもいないが」

「ですが、その程度の才能では……兵士には向いてません」


 苛立ちと心配が見え隠れするギリーに、キリグはひっそりと笑んだ。ギリーは興味のない、つまらない人間に対しては名前を出したりしない。コムに置いていかれているフィムルを心配しているのか……それとも、また別の理由なのか。


「ああ。凄まじいのはあいつの関係構築能力だよ」

「は?」

「なぜか、フィムルは人に好かれる――とだけ覚えておけ。コムやエミルも、フィムルには懐いてる」

「はぁ」

「そういう人間は怖いぞー」


 茶化すように言うキリグに呆れたのか、ギリーはそれ以上追求するのをやめた。そして、この日以降その話題が出ることはついになかったのだった。


 † † † †


 ギリーのもとで様々な戦い方を学び、ギリーの戦闘技術を吸収していくコム。

 一方、兵士としての才能を疑問視され、キリグに叩きのめされては成長を感じられないフィムル。


 普通ならば二人の友人関係になんらかの亀裂が入ってもおかしくはないが、コムはフィムルと仲良くしたがっていた。


 コムは考えるのが苦手だ。感覚的に行動するのを得意とし、往々にして考えるより先に行動してしまうことの方が多い。

 フィムルは感覚を信じるのが苦手だ。よしんば感覚を信じたくても、そこになんらかの理屈がなければ納得しない。

 性格がほとんど真反対である二人は、それでも仲がよかった。コムは考えるのをフィムルに託し、フィムルは自分の考えを実践する人間としてコムを選んだ。最近は緊急事態に備えるということで兵士の予定がギチギチにつ詰まることが少なくなった。オーガの事件から、砦が余力を残すことが増えたのだ。コムやフィムルにはわからないが、砦の上の人間は何かが起きると考えていることは確かだった。

 砦全体がピリピリとした緊張感に包まれるのはすぐで、その緊張感にコムとフィムルは。


「うああああ魔法って難しすぎる!」

「大切、なのは、想像力」


 全く何も気にしていなかった。コムはそういった雰囲気を持ち前の勘で察していたが、自分は上の指示に従って動けばいいと思っているため気にする理由がない。フィムルも理性的に考えても仕方がない問題であると理解しているため、すっぱりと思考を切り離していた。一方エミルはそんな砦の緊張感など歯牙にもかけていない。そもそも気づいていなかった。


「想像力って言ってもなー」

「……想像力があれば、こういうことも、できる。《火よ、鳥となりて空を駆けよ》」


 エミルが呟くと、中空にオレンジ色の鳥が生まれる。火で描かれた鳥は、一声小さく鳴くと天に飛んでいった。


「な、なあ、今の鳥羽ばたいてなかったのに、どうやって飛んだんだ?」

「そういうこと、考えないほうが、いい」


 コムの疑問をばっさりと切り捨てるエミルに、納得はいかないながらも引き下がるコム。コムは感覚的に魔法を使っているため、自然現象などの『起こり得る事象』を魔法で再現するのは得意だ。突風が起きる、雨が降る、などの現象は想像がしやすい。だが、先ほどエミルがやってみせたような『火で作られた鳥』となると、見たことも感じたこともないのでやりづらい。一般的にはコムの方が普通であり、異様なほど想像力と発想力に優れるエミルの方がおかしいのだが。


「想像力……想像力……」


 今コムがやろうとしているのは、『風絶』という魔法だ。自分の体を風で覆い、スピードアップと矢逸らしなどの恩恵を得ることができる。攻防一体の優れた魔法なのだが、魔導士が好んで使うことはない。なぜなら高速で動きながらの詠唱・体勢の維持は非常に難しく、なおかつ『風絶』の使用中に更なる魔法を発動することは困難を極める。自分の周囲を風で覆うイメージをしながら、炎を撃ちだすイメージを行うのはさすがに無理難題に等しいだろう。


「風……覆う……ローブ……」


 この魔法の肝は防御よりも速力上昇である。矢のような、軽くて風の影響を受けやすい物は防ぐことができるが、さすがに鋼鉄の剣を吹き飛ばすことはできない。人間数人ならば一気に吹き飛ばす風の魔法も存在するが、そこまでの力を出すためにはそれなりの魔力と時間がいる。

 そして、速力上昇のためには、自分の体を覆っている風を制御、進行方向に対して壁を作り、加速による風圧を防ぎながら背後に勢いよく風を噴出するという非常に複雑な想像が必要となる。


 ……ということを、エミルとフィムルは口を酸っぱくしてコムに言ったのだが。


「発射……弓……よし! 『風よ、世界を巡る風よ、我が体を風に乗せ、運べ』!」


 エミルは、何が起こるか察した。ゆえに叫ぶ。


「身体強化!」

「へっ、おう。ってどわあああああ!?」


 荒れ狂う暴風が、要求通りにコムを包み込み、吹き飛ばす。凄まじい勢いで空中を突き進んでいくコムを、二人は納得の顔で見送り――


「へぶっ!」


 コムは顔面から地面に墜落した。少しして力なく両足も地面に投げ出される。フィムルとエミルは不安げに顔を合わせるが、コムは言われたとおりに身体強化をしていたらしくすぐに跳ね起きた。


「わかったぞ! 見ろよ、エミル! フィムル! こうだろ!? 『風よ、我が体を運べ』!」


 再び、調練場を暴風が吹きすさぶ。それによって跳ね飛んだコムは、空中で器用に体を整えると、フィムルとエミルの間に華麗に着地した。空中で体勢を立て直す身体能力と、狙った場所に自分を飛ばすそのコントロール能力は素晴らしいが、あいにく『風絶』はそういう魔法ではない。ない、のだが。


「違、う……けど、もういい……」

「理不尽……」


 決まった! といわんばかりにドヤ顔してくるコムから視線を逸らし、フィムルとエミルはため息を吐いた。これで上手くいった、と思い込んでいるコムがそれに気づくことはない。






 翌日、コムがこの移動法を用いてギリーに襲いかかるが、普通に着地点を読まれて迎撃された。当然である。

次回、一気に動きます。

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