梅娘
昔むかし、あるところに白梅と赤梅という双子の娘がおりました。二人は同じ顔でしたが、性格はまるで正反対です。
白梅はたいそう大人しい娘で、両親も蝶よ花よと育てました。
赤梅はたいそう活発な娘で、男顔負けの武術と剣術を持っていました。
赤梅はその腕を買われ、一兵士として戦場に赴いているほどです。
白梅は家を守り、赤梅は国を守っていました。
戦場での赤梅は、その赤い姿と浴びる返り血から赤の堕天使と恐れられていました。
赤梅は白梅に言います。
「私は赤い堕天使だけれども、貴女は純白の天使だわ。どうかそのまま綺麗でいて」
赤梅は決して白梅に触れることはありません。
白梅はその理由を知っています。心無い若者が声高々に言っていたのです。赤は白を侵し、共に赤に汚してしまうと。赤梅はそれを信じてしまっていたのです。
白梅は寂しくて仕方がありませんでした。たとえその手が血で染まっていようと、いつでも白梅を気遣ってくれる赤梅の心は、優しくて美しいと感じていたからです。その手でどうか安心して触れてほしいのです。
ある日、白梅はいつものようにご飯を作っていました。トントントンとリズム良く包丁を動かしていきます。
赤梅は今頃訓練でもしているのでしょうか。
ふと思いをはせたとき、つい手元が狂ってしまいました。指を包丁で切ってしまいます。指先から、赤い血がじんわりと滲み出てきます。
白梅はじっとその血を見つめました。純白の天使と言われても、こうして赤い血は出るのです。白梅は、赤梅と同じだと思えたようで嬉しくなりました。切れた指をそのままに、白梅は料理を続けました。
家に帰ってきた赤梅は、白梅の指を見るなり慌てて手当てをするよう言いました。
「そんなことしなくてもいいの」
「駄目よ、白梅。貴女の指はとても美しいの。大切にして」
その真っ直ぐな瞳に、白梅は何も言えなくなりました。そして、悲しい気持ちになりました。赤梅の手は、潰れたマメで硬く太く、とても美しいといえるものではないのです。
何故、二人はこんなにも違うのでしょうか?赤梅が白梅のことを美しいというのならば、赤梅も美しいはずです。二人は双子なのですから。
白梅は空いた時間に、包丁を振ってみました。初めはたどたどしい振りでしたが、流石毎日包丁を扱っているだけあります。すぐに手馴れたものになってきました。
数日後。赤梅は白くなって家に帰ってきました。戦死してしまったのです。赤梅は死に化粧をしていて、とても綺麗でした。
白梅はそっと手を伸ばし、冷たくなった頬に触れました。はらりはらりと落ちる涙が止まりません。
「駄目よ、赤梅。貴女はとても美しいの。死んでは駄目」
白梅の言葉は空しく、赤梅は灰となって天へ昇って行きました。その姿はまるで、純白の天使のようでした。
純白の天使が天に召されました。
白梅の思うことはたった1つです。白梅は包丁を握り締めました。
力強い群集の雄たけびが聞こえます。入り乱れる剣と剣。場違いな娘が包丁片手に荒々しく踊っていました。
娘の身体は返り血を浴びて赤く染まっていきます。その姿を見た兵士達は戦慄しました。死んだはずの赤の堕天使が、再び戦場に舞い降りてきたのです。
それからの時間は早いものでした。娘の身体にどんどんと赤いものが染み付いていき、同様に赤く染まった者達は彼女に平伏していきます。噴出した血しぶきが、娘の背中に翼を作り出します。
兵士達は、心の中で神に祈りを捧げました。
堕天使は、お墓の前に立っていました。
墓に掲げられている十字架をその手でそっと触ります。赤く染まっていきます。
そして自分の頬を撫でました。赤く染まっています。
「やっと触れた」
堕天使は微笑みました。
「やっと触ってくれた」
マメで潰れた硬い手が、娘の両頬を包みます。
「私達は一緒ね」
くすくす。くすくすと。お墓の前に一人佇む双子の娘は、いつまでもいつまでも、幸せそうに笑い続けました。