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掌の自由  作者: まとの
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中庭の小説

 講義がない時間は大抵、大学の中庭で過ごす。こじんまりとした緑の空間の隅にポツリと置いてあるベンチが、私の定位置だ。

 そこでノートを広げ、私は異世界を紡ぎ出す。中庭には日溜まりが出来ていて、そこで歓談している小鳥の声は、私の筆を踊らせる音楽となる。

 ふと、日に照らされたノートに影が落ちた。顔を上げると、そこには眼鏡をかけた青年がいた。年上のようにも見えるし、年下と言われても納得できる。見慣れない顔だ。

「何を書いているのですか?」

 あなたは誰?何かご用ですか?そう尋ねる前に、聞かれてしまった。誰とも知れぬ相手に答える義理はないのだが、微笑みながら尋ねてくる青年に不思議と勝手に口が動いた。

「小説を書いています」

「それは凄い。僕に読ませて頂けませんか?」

「それは困ります。まだ小説は書き途中なので」

 それにこれは趣味で書いているのだ。誰にも見せたことがない。恥ずかしい気持ちが強かった。

「それでは書き終えたらということで如何でしょう?」

 人差し指を立て、彼は提案してくる。

「僕はいつもあなたがここで何を書いているのか気になっていたのです。今日は勇気を出して話し掛けてみました。そのご褒美を頂きたいのです」

「いつも私がここに居るのを見ていたのですか?」

「はい。毎日同じ場所に居るのです。気になりますよ」

 なんと云うことだ。全く気が付いていなかった。

 顔が紅くなるのをノートで隠しつつ、彼の勝手な言い分に腹が立った。どうして見知らぬ相手に話し掛けられた私がご褒美をあげなくてはならないのだ。

「小説はお見せいたしません。だいたいあなたはどちら様なのですか?」

 つんけんとした態度で質問すると、彼は慌てて頭を下げた。

「これは申し訳ありません。自己紹介が遅れました。私はこの学校の……そうですね、妖精と言ったら一番近いでしょう」

 妖精?そんな存在が居るはずがない。それこそ物語の世界の話だ。

 そう反論しようとした矢先に、彼はふわりと宙に浮いた。私はただ、それを口を開けて見るしかない。

「あなたの物語を読ませて頂けないのは残念ですが仕方がありません。お話していただき、ありがとうございました」

 彼の体は、段々と大学に溶けてゆく。

「けれどもし気が変わりましたら、いつでも言って下さいね。私はいつでもここにいますから」

 そう言い残し、ついに消えてしまった。最後までなんて勝手なのだろう。目の前で急に起きた非常識な出来事を相手に受け止めさせる時間も作らないで、どこかに行ってしまった。

 私は頭を二・三度振り、席を立つ。どこか悔しい気持ちでいっぱいなので、暫くは違う場所で小説の続きを書いてやろう。そしてまた、この場所に戻ってくるのだ。今度はこちらが驚かせてやる。そうだ、そうしたら次は大学に住み着く妖精を題材に小説を書いてやろう。

 書きかけの小説は、既に終盤に入っている。

 すでに書き終えたときのような昂揚感をノートと共に抱きしめ、私は歩き始めた。

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