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掌の自由  作者: まとの
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野菜電話

 庭で家庭菜園用の花壇を耕していたら、電話の形をした野菜が出てきた。

 見ようによってはそう見えるというレベルではない。細部までしっかりと再現されている。

 その形は黒電話。据え置きの電話を購入しないで、携帯電話のみを利用する人もいる昨今で、この野菜は何を思ってこの形になったのだろうか。レトロか?レトロが好きなのか?お前はそれで成熟された年代物の味を表現しようとしているのか?

 いや、そんなことはどうでもいい。これは一体どうすれば良いのだろうか。この珍野菜、テレビに投稿したら取り上げてくれるかもしれないが、あて先や方法などを調べるのが面倒くさい。食べてしまうにもこれが一体何の野菜なのか分からないから恐ろしい。すでに野菜だと断言してしまったが、この青臭さと第六感から予想しただけのことだ。ちなみにここ数年間はこの花壇でヘビイチゴしか育てていない。

 野菜電話を片手に立ち往生していると、ふと塀の向こうから視線を感じた。顔を向けると、女性が般若のような形相でこちらを凝視している。背がそれほど高くないのか、塀からは顔の上半分しか見えていない。

 誰だ。なんだこの女は。思わず身構えたくなる圧力を感じる。しかし、無遠慮に人の敷地を覗き込む不審者が相手だ。へっぴり腰になりそうになるが、そんな姿を見せるのは癪だったので平静を装って見つめ返した。睨み返すのはなんだか怖い。

 そうして暫く無言の時を過ごしていると、ふと違和感を覚える。どうも視線が交わっている気がしない。彼女の目線はどうやら野菜電話に向いているようだ。面識のない自分に向けられていると思っていたので疑問に感じていたのだが、今しがた掘り出したばかりの野菜に対し鬼のような表情を向けているとなると、さらに不思議である。

「この野菜を知ってるのか?」

 緊張していたからか、若干擦れた声が出てしまった。少し待ってみるが返事はない。その代わり若干ではあるが、彼女の目が見開かれた。今更ながら白目に対し異常なほどに小さい黒目に気付いてしまい、気味の悪さが強調される。

 もう早くどこかに立ち去って欲しかったので、野菜電話を彼女に渡すことにした。しかし近づいて手渡すのも遠慮したい。結果、この野菜電話を塀の向こうに投げ捨てることにした。

 力の限り肩を回すと、手から離れた野菜電話は大きく弧を描き、女性の頭の上を飛んでいく。女性の視線は野菜電話を追いかけ、完全に後ろを向く。よし、そのまま犬のように取りに行ってしまえ。

 塀から女性の頭が消えた。安心して深い息が出る。なんだか酷く疲れたし、さっさと家の中に引き返そう。重い体を反転させて、覚束ない足で家に繋がる大きな窓に向かう。

 家に入り一直線に近くにあるソファへと倒れこんだ。そのまま眠ってしまおうかと思った矢先、軽快な音楽と共にお尻のポケットが細かく震えだす。携帯か。いつもと同じ動作で取り出し耳に当てる。

 ……おかしい。違和感がある。この手触りはついさっきまで……

 耳から手を離し、握られているそれを確認する。そこにあるのは、携帯電話の形をした野菜だった。どこから出したのか分からないような悲鳴をあげてしまう。

 なんだよ、なんなんだよ。気持ち悪い!本物の携帯どこ行ったんだよ!?ソファから飛び起き、窓を勢い良く開ける。投げ捨てようと思いっきり手を振りかぶったら、手を放す前に止められた。

 手首を見知らぬ手が掴んでいる。窓の外の死角に、女は立っていた。手首を掴んでいるのとは反対側の手に、黒電話の形をした野菜を持っている。

 女の視線は、今度はどちらの野菜にも向いていない。こちらの瞳を覗き込んでいた。こちらも彼女の瞳を覗き込んでしまっていた。体が凍ってしまったかのような錯覚を受ける。

 強く手を引かれた。いや違う。力任せに携帯野菜を奪われたのだ。無抵抗だったため、そのままの勢いで倒れこんでしまう。女が視界から消えたことが恐ろしく、すぐに顔を上げるが、そこには既に誰もいなかった。


 その後、どこを探しても今まで使っていた携帯電話は見つからなかった。

 そしてどんなに丁寧に育てたとしても、花壇に植えた植物は、たった一度しか実を付けなくなった。

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