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掌の自由  作者: まとの
3/8

傘の主人

 店から出ると、いつの間にか予期せぬ雨が降っていた。傘など勿論持っているはずがない。

 私は急いでいた。次の予定がすぐ後に入っているのだ。雨宿りしている時間はなく、しかし雨に濡れる訳にもいかない。

 横を見ると、店先に置いてある傘立てに真新しい傘が立て掛けてあった。私は迷わずそれを取る。

 運が良かった。そして、誰かも知れぬ傘の持ち主は運が悪かったのだ。頭に浮かんだ「窃盗」の二文字を打ち消して、私は傘を広げ歩き出す。

 新品なのか、傘はポツンポツンと軽快な音を立て雨粒を弾いてくれた。まるで雨の音楽を聴いているようだ。

 音楽は次第に私に語りかけてきた。

「あなたが私のご主人様?」

 気分良く私は問いに答える。

「そうだよ」

「ご主人様は私を気に入ってくれました?」

「勿論だとも」

 ステップを踏みながら、私達は会話する。雨音は次第に激しくなっていく。

「雨が強くなってきましたね」

「そうだね。君が居てくれて助かったよ」

「私を買って良かったですか?」

「ああ」

 ざんざんと降り続ける雨が、数メートル先の景色を霞ませた。

「嘘つき」

 強く打ち付けてくる雨が、傘の内側に入り込んだ。私は逆風になるように傘を傾けようとした。しかしそもそも風など吹いていない。傾ける方向がなかった。

 楽しく音楽を奏でていた雨粒は、ゆっくりと野獣の叫びへと変わっていく。和やかに話していた声は暗い呟きへと変貌する。

「嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき」

 傘の内側から雨水が滴り落ちていた。なんだこれは。傘が傘の役目を果たしていない。

「私のこと、買ってないくせに。ご主人様じゃないくせに」

 傘の中の雨量が激しくなっていく。まるで骨だけの傘をさしているようだ。目を開けるのもやっとである。

「かえしなさいよ。私を本当のご主人様の元にかえしなさいよ!」

 そんなことを言われても、元が誰の物かだなんて分からない。雨が口に入らないように手で被い、「無理だ」と一言伝えた。

 雨はより一層酷くなった。もうなにも見えない。帰して、帰して……と傘の嘆きだけが延々と耳から入り込んでくる。

 やがて私の意識は、水に呑み込まれていった。

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