空姫
以前、他サイトで公開した作品の改訂版です。
ある日、空を見上げると鳥が庭に舞い込んできた。
……いや、これは鳥なのだろうか。違う。物の怪だ。
両腕があるべき場所に鳥の羽を持つ、女性の身体を持った物の怪。美しい顔をこちらに向けていた。
「そなたは、誰だ」
腰に帯びた刀に手を添えながら訊ねる。
物の怪は、自分のことを”空姫”だと名乗った。
なるほど姫と名乗るだけあって、確かに庶民にはとても手が届かないような着物を身にまとっている。
「物の怪の姫、か」
そう呟くと、空姫は静かに首を振った。
話を聞くに、元は両の腕を持った人間だったらしい。彼女はここより南に位置する城に住まう姫だった。北風にも慣れ始めたある日、一羽の渡り鳥がどこからか飛んできて頼まれごとをされたと云う。
その渡り鳥は傷つき、彼女の前に現れた時には既に息も絶え絶えだった。這いつくばるように地にひれ伏すと、こう懇願する。「もう羽ばたき一つ出来やしないが、しかし最後はどうしても暖かい場所で迎えたい。どうか連れて行ってはいただけないか」
哀れに思った彼女はその願いを受け入れたらしい。すると、どういうことだろう。渡り鳥は彼女の両腕を翼に変え、消えてしまったという。
「ならばなぜ北に来た。暖かというには程遠い」
こうして向かい合って言葉を交わす今も、冷えた風が身を震わせていた。
すると、空姫は驚くべきことを言ったのだ。
貴方様の御心がどこよりも一等暖かいと感じております、と。
私は彼女の顔に覚えはない。そして今も何かをした覚えがない。
空姫は、すっと私の懐に身を寄せてきた。彼女の目からつうと涙が流れる。私は何も出来ずに立ち尽くす。
彼女は呟いた。この暖かさが欲しかったのだ、と。
私の腕は、いつの間にか彼女の背に回っていた。
空姫の吸い込まれるような瞳から、目を離すことが出来ない。
羽毛に包まれる感触が、徐々に異質なものへと変化していく。
空姫の両翼が、人の其れへと戻っていっているのだろうか。
小さく、彼女の口が動いた。
ずっと見ておりました。
空姫に触れた体が、熱くなるのを感じた。