不安
不安。
目が覚めたら、二度と家へ帰れない場所に瞬間移動してるんじゃないかという不安。
そんなことはありえないって頭では分かってるのに心臓がどきどきと高鳴る。
なにかにつかまっていないとどこかに飛んで行ってしまう気がして、僕は傍にあった椅子の足を掴む。
だめだ、こんなんじゃ。ちゃんと固定されてないし、簡単に吹き飛んでしまう。
「兄ちゃん」
我慢ができなくなって、助けてもらおうと隣で寝ている兄ちゃんに声をかける。
兄ちゃんがぼんやりした顔でこっちを振り向く。
「んー?」
「…そっち、いっていい?」
兄ちゃんなら椅子より固定される気がする。それに、もし吹き飛んでも兄ちゃんがいれば安心できる。
兄は少し考えて、「暑いからヤダ」と答えた。
「お前子供だし、すごい体暑いじゃん?ただでさえ暑いのにさぁ…」
ぶつぶついいながら寝返りをうってこちらに背中を向ける。
「じゃあさ、つめたくなればそっちに行っていいの?」
「いいけど、俺的には大歓迎だけど、無理だよ。人間生きてりゃ温かいんだからつめたくなんてなれっこないじゃん」
「じゃあさ、僕が死んだらそっちに行ってもいいの?」
兄がぎょっとこっちを見やる。
「…お前、今日どうしたの?」
そういいながら、自分の隣りをぽんぽんと叩く。隣りに行って良いという合図だ。
兄の側に行き、兄の胸に自分の頭をくっつけて答える。
「なんか、兄ちゃんと離れちゃう気がして」
「もー、どこにも行かないよー」
兄ちゃんが乱暴にわしゃわしゃと僕の頭をなでる。その後僕の頭に手を乗せて、叱るみたいに言った。
「なぁ、死ぬなんて言うなよ。死んじゃったらそれこそ永遠の別れじゃんか。確かに身体は冷たくなるけど、一生俺と話せなくなっちゃうんだぜ? 俺は幽霊視えないし、感じないんだからさ。さっきのは冗談で受け流せよ。俺眠くて頭ぼーっとしてんだから」
そういって僕の頭をぽんぽんと叩く。
「…死ぬなんて、言うなよ」
それっきり、兄はなにも言わなくなった。
僕も、なにも言わなかった。
兄ちゃんの布団の中で、死ぬっていうのはそんなにいけないことなのかな、とちょっと考えたりした。
夢でみた兄弟のやり取り。
兄ちゃんが大好きな弟と、なんだかんだいって弟想いな兄が愛おしくて小説に起こす。