六 格差
夕食はアクラブが見たこともないほど豪華なものだったし、浴室だって随分と広く豪奢だった。
そうして寝室に入れば眩しいほどの装飾だ。
アクラブはため息を吐く。
「私には豪華すぎるわ……」
没落貴族の末裔。
小さな酒場で家族三人細々とした生活を送るような、名ばかりの爵位。
父の祖父のそのまた祖父の時代はとても力があったらしいが、祖父の父の時代にはすでに落ちぶれていたらしい。
よってアクラブは庶民と変わらない。自分の生まれた血筋すら知らない。
高価な宝石は酒場に来る客から贈られたものだし、それをこっそり売って王家の肖像を手に入れていた。
王族のような華やかな一族は自分が仲間に入れるものではない。
ただ、観賞用。そんな存在だったはずだ。
なのに、王はアクラブを妻に迎えると言う。
計画が狂った。
そう思わざるを得ない。
「アクラブ」
「……はい」
「どうした? 沈んでいるな」
「……落ち着かなくて」
「まぁ、慣れないうちはそうかも知れんが、この寝台など寝心地は悪くないと思うぞ?」
ハイヤトゥンは笑う。
「柔らかすぎます」
「ほぅ」
「私の部屋をご覧になられたでしょう? 硬い寝台。庶民にはあれが普通です。こんなに華やかな装飾もなかったでしょう? 私の寝台は木を彫った装飾でしたが、ここの寝台は……金に宝石が散りばめられている。私には別世界のようです」
「じきに慣れる」
ハイヤトゥンはアクラブに近づいて、そっと抱きしめた。
「ハイヤトゥン様……」
「ハイヤだ」
「……近すぎます」
「……不満か?」
「うっかり攻撃を仕掛けそうなのでもう少し離れて下さい」
やはり接客中でなければ一定の距離で防衛本能が働きそうだ。
特に睡眠と言う無防備な瞬間は。
アクラブは壁に立てかけた長銃を見る。
「見かけによらず、適度に鍛えられた身体だな」
「……普通は女性にそういう言い方しませんよね?」
「すまん。だが、事実だ。護衛や軍に居てもおかしくないほどに」
「……女も逞しくなければ生きられませんからね」
「女は守られるべきだ」
「そうですね……殿方に守られるのもまた、女の役目……」
アクラブは目を閉じる。
その瞬間、身体が引かれるのを感じる。
そして軽い衝撃。
「どうだ? 寝心地は悪くないと思うが」
寝台に引きずられたのだと気付くと、笑いが零れる。
「陛下は、私が思っていたよりもずっと子供のようです」
「お前の前でだけだ、と言いたいが、どうも私はそういう性格らしい。家臣どもが呆れかえっている」
「まぁ、困った人」
目を閉じれば抱き寄せられる。
温かい。
「ハイヤトゥン様はおいくつですか?」
「今年で二十七になる」
「まぁ、もっとお若いかと」
アクラブは純粋に驚いた。
「そう見えるか?」
「ええ、そう見えました」
心音が心地よい。
アクラブは心臓の音が好きだ。
一定の音が安心を誘う。
「どうしてでしょう。ハイヤトゥン様の心音が懐かしい気がします」
「ほぅ」
「もしかすると、師に似ているのかもしれません」
不本意ながら。と心の中で付け加える。
アクラブの大嫌いな師。
けれども今のアクラブを形成する上で欠かせない存在。
「ハイヤトゥン様」
「ん?」
「笑わないで聞いてくださいね」
「ああ、約束しよう」
けれども彼はもう笑っている。
「夢見が悪いので、寝ぼけて叩き起こしてしまうかもしれません」
「それは……随分可愛らしいな」
ハイヤトゥンは笑う。
「ですので少し離れていただけますか?」
「却下だ」
「まぁ」
「うなされたら起こしてやろう」
「陛下にそのような……」
「私がお前から離れたくないだけだ」
髪を撫でる手の感触。
心地好い。
それと同時に恥じらいもあり、抗議しようと思った。
けれども強い眠気に敗北しアクラブの意識はそこで途切れた。