伍 護衛
「ここが今日からお前の部屋だ」
通された部屋を見たアクラブはため息を吐いた。
息が詰まりそう。
絢爛豪華なその部屋は、アクラブとは対極にあるような気がした。
「私には勿体ないお部屋です」
「そう言うな。私の妻だ。このくらい当たり前だ」
「ハイヤトゥン様……」
誤解です。
そう言ってしまえればどんなに楽か。
「婚礼はいつが良いかと術師と相談したのだが、早い方がよかろう。来月に決めた」
「まぁ……」
「それまでは忙しいが、私も出来る限りお前の支えになろう」
「忙しいとは?」
「いろいろ覚えることもあるだろう。特に、王宮という空間は規則が多い。まぁ、婚礼さえ済めば規則なんて守る必要もないがな」
ハイヤトゥンは豪快に笑う。
「……陛下、そのようなことをおっしゃらないでください。奥様まで陛下のようになられては困ります」
召使らしき女性が言う。
「ターシャ、小言は止せ」
「いいえ、申し上げさせていただきます。奥様、陛下は、ハイヤトゥン様は事あるごとに城を抜け出しては下町に出て、家臣一同を困らせるのがお好きなのです。もっと王らしく立派にふるまうように是非とも奥様から一言おっしゃってあげてください」
「まぁ……」
アクラブの中でまたハイヤトゥンの印象が変わった。
夢見た完璧な王の姿なんて無い。
けれども。
「仲がよろしいのですね」
「妬いているのか?」
「まさか」
アクラブは笑って見せる。
「奥様……あまり陛下を甘やかさないでくださいね」
「ええ、だけど、陛下が私を甘やかしてくださるのはどうしたらいいかしら?」
アクラブは精いっぱいの愛想を振りまきながら言う。
「まぁ、奥様ったら……その時は思う存分甘やかされてあげてくださいな」
ターシャは笑う。
「ターシャ、アクラブの着替えを手伝ってやってくれ。それと……飲み物を」
「ええ、すぐに」
ターシャ返事をして、一度部屋を出る。
「彼女は?」
「ターシャだ。俺の護衛兼使用人だ。もっとも、ターシャが出る前に敵は自分で倒すがな」
「護衛?」
「一応な。まさかあんな女が護衛だとは思わないだろう?」
いかつい男に囲まれるのも嫌だからなとハイヤトゥンは言う。
「一応護衛は用意せねば周りがうるさい。尤も、撒いて城下に出るのが俺の楽しみだが」
「……陛下、御自重なさって下さい」
アクラブは呆れた目でハイヤトゥンを見る。
「だが、お前に会えたのもそのおかげだ」
「まぁ、ではハイヤトゥン様はまた新しい花嫁を探しに出かけられるのですね?」
「誓ってそんなことはせん。俺の妻は後にも先にもお前だけだ」
ハイヤトゥンはアクラブの頬に触れる。
「お前だけだ」
もう一度、そう言って彼はアクラブの髪を撫でる。
「今はまだ、お前の心を手にできなくとも、すぐにお前を俺のものにしてみせる」
力強くハイヤトゥンは言う。
「……私はハイヤトゥン様の、陛下のものです」
「そうではない……いや、気持は有難く思う」
ハイヤトゥンは戸惑うようにアクラブを見た。
「着替えなら一人でできますので、少しの間、出て頂けますか?」
「お前を一人にするわけにはいかん。ターシャを待て」
「ハイヤトゥン様も私を疑っていらっしゃる?」
「いや……ここでは暗殺の心配がだな……」
「私はそこまで弱くありませんよ」
つんと言い放てばハイヤトゥンは苦笑する。
「そうだな。言葉にも毒がある」
「ハイヤトゥン様」
「ハイヤと、そう呼べと言った」
「すみません。愛称は好きではないもので」
にっこりと笑うアクラブにハイヤトゥンはため息を吐く。
「中々良い性格をしている」
「お互い様、です」
そう言ったころ、ターシャが戻る。
アクラブは気付かれぬよう溜息を吐き、立ち上がった。
「アクラブ」
「はい」
「夕食は一緒だが、仕事があるのでしばらくターシャと二人になるが、大丈夫か?」
「一人にしてくださっても構いませんわ」
アクラブは強気に言う。
実際、一人が気楽だ。
「そうか」
ハイヤトゥンはもう一度アクラブを見て、部屋を出た。