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壱 求婚


 砂漠と恐怖の国、ハウル。

 大陸最強と呼ばれるこの国は、豊かな資源に恵まれているものの、産業には適さず、他国からの略奪により成立している国である。

 このハウルは、国民にとっては過ごしやすいと言えないこともないが、他国から見れば恐怖の対象、もしくは強大な取引相手である。

 しかし、国民も恐れるは王家の一族だった。

 王都に住む娘アクラブも例外ではない。

 王族は絶対的な支配者であり、決して逆らうことは許されない。

 尤も、この国の王族は一度は滅びている。

 二百年ほど前に、国王が何者かに殺されたり、王の妻たちが連続的に死んだり、王妃が処刑されたりと忌まわしき事件が続き、最後に残った姫君は異国の王子に攫われただかで、一時期行方不明になり、この国から王が消えた。

 だが、どういうわけか、その姫君は赤子を抱えて国に戻ってきたらしい。そうして、今もこの恐怖支配が続いている。




「ハイヤトゥン様、今日も平和な一日をお与え下さりありがとうございます。このアクラブ、ハウル国民の名に恥じぬよう、今日も一生懸命働かせていただきます」

 アクラブは寝台横に飾った一番大きな国王の肖像に礼をし、それから王宮を拝んだ。

「アクラブ、早くしてくれ!」

「はい、今行きます」

 慌てて階段を駆け下り、厨房に入る」

「アクラブ! 酒が足りん!」

「お父様、もうお出しするお酒はありませんわ」

 アクラブの家は、酒場だ。

 アクラブはこの家で唯一の娘であり、兄弟は無い。

 そもそもアクラブは養女である。子供に恵まれなかった今の両親の元へ預けられていると言うのが正しい。

 昔は名の知れた貴族の家系だったらしいが、今では庶民そのもので、むしろ貧しい方に含まれる。それでも、アクラブは確かに彼らに愛されていることを感じている。

「酒が無い?」

「王様がみーんな買い占めてしまうもの、私たちじゃ手の届かないものになってしまうわ」

「王が……若いのに凄い酒豪だと聞くからなぁ」

 父は困ったように溜息を吐く。

「アクラブ、酒は良いから何か食べ物をおくれよ」

「まぁ、アッシュったら。そんなにお腹を空かせていたの?」

「君の顔を見るとお腹が空く気がするなぁ」

「失礼しちゃう」

「いや、それだけこの店の料理が美味しいんだよ」

 アッシュは笑う。

 アッシュは店の常連客で、三日に一度は必ず顔を出す。このところは毎日この店に顔を出している。

「ねぇ、アクラブは嫁ぎ先は決まったのかい?」

「いいえ」

「じゃあ、俺の嫁にならない?」

「ならないわ」

 アクラブは卓に皿を置き軽く笑う。

「私は、そんなに安い女じゃないの」

「こりゃ失礼。で? いい人はいるのかい?」

「そうねぇ、アッシュじゃないことだけは確かよ」

「そりゃないだろ」

「ふふっ、冗談よ。まだ早いと思っただけ」

「早いって、アクラブ、君はもう十六じゃないか!」

「だって、我らが国王陛下、ハイヤトゥン様もまだご結婚なされていないのよ?」

「だからって君が結婚しない理由にはならないだろうに」

「陛下より先では失礼になるかと思っただけ」

 アクラブが言うと、酒場の男たちは笑う。

「アクラブは本当にハイヤトゥン様が好きだな」

「そりゃ、私たちを守ってくださる国王陛下だもの。大人しくしていれば他国からも飢えからも守ってくださるの。素敵な方よ」

 絶対的な存在。

 ハウル国民にとって国王は恐怖と畏怖の対象であり、神の如き存在だ。

「いっそ王家に嫁いじまいな」

「まぁ、恐れ多い。私なんかじゃそのお姿を目に映すことさえ許されないお方よ」

 口では言うものの、アクラブは密かに夢見る。

 まるでおとぎ話のように、国王に求愛されることを。

「ああ、ハイヤトゥン様は異国風の麗しい方なのでしょうね、何せ、遠き御先祖はあのシエスタの王子に、我らがハウル史上最も美しいとされるローザ様ですもの」

「アクラブ、王族に随分詳しいな」

「そりゃあ、敬愛する国王陛下ですもの」

「まぁ、アクラブはこの王都でも名の知れた美女だから、もしかすると側室くらいには声が掛かるかも知れないな」

「側室……それでも、一目ハイヤトゥン様を拝見できるなら……」

 うっとりと、妄想に浸かる。

 肌の色は褐色、夜空のような深い髪に、夜の海のような瞳……。海なんて見たことないけどきっと美しいに違いないわ。

 アクラブはうっとりとその姿に思いを寄せる。

「嬢さん、少しばかり国王に夢を見すぎじゃないのか?」

 見慣れない男が口を開く。

「え?」

「国王だって人間だ。国王だって男だ。普通に悩んだり、欲を持ったりするものだ。例えば、美人の妻が欲しいとか」

 男は笑う。

「貴方、国王陛下にお会いしたことが?」

「まぁ、あると言えばあるのだろうな」

 男は面白そうにアクラブを見た。

 褐色の肌。決して珍しくは無いが、少しばかりこの国とは違う色。

 異国の色。

「貴方、外から来たの?」

「いや、生まれも育ちもハウルだ」

 じっと見つめる目は深い夜空の色。

「それで? お嬢さんは国王を神だと思っているのかな?」

「そこまでは。生きた人間、でしょう? 国王陛下も。けれど、尊いお方だわ」

「人間だよ。ただの」

「本当に国王陛下を知っているような口ぶりね」

「知っているさ。よく」

「まぁ」

「酒をくれ」

「もう切らしているの」

「酒場のくせに酒をきらしているのか」

 男は笑う。

「さっきアクラブが言ってただろ? 兄さんもう酔ってんのか?」

「まさか、まだそんなに飲んでいない」

 アッシュが呆れたように見れば男は笑うだけだ。

 戦士だろうか? 筋肉質な逞しい体をしている。

「お兄さん、お酒は無いけれど、私の特製ジュースを御馳走してあげるわ」

「ジュース?」

「ええ、異国の果物をふんだんに使ったジュースよ。月に一度しか作らないの。作れない、が正解だけど」

「何故?」

 男は興味深そうにアクラブを見た。

「果物は庶民には高いもの。それに、近頃はほら、新羅ともあまり良い関係では無いみたいだし、果物が手に入りにくいの」

「そんな話は聞いていないが……果物は高いのか?」

「高いわ。ここ数ヶ月くらいで三倍には跳ね上がったもの。でも、今日は特別。美味しいものはみんなで分けないとね」

 アクラブの言葉に歓声が上がる。

「おや? 私に御馳走してくれるのではなかったのか?」

「安心して、いっぱい作ってあるから。だって、一か月分だもの!」

「それは嬉しい」

 男は笑う。アクラブは少しだけ不思議に思い男を見る。

 彼は貴族? 豪商? ともかく感覚が少しずれている。

「お兄さんはどんなお仕事をなさっているの?」

 ジュースを注ぎながら訊ねる。

「そうだな、当てて見せろ」

「え?」

「当てられたら褒美をやろう」

「当てられなかったら?」

「そうだな……お嬢さんを私の妻に貰いたい」

「御冗談を」

「あててごらん?」

 男は意地悪く笑う。

 男の言うことがどこまで本気でどこまで冗談かわからない。

「酔っていらっしゃるのね。そうね、商人ではなさそう。傭兵? 違うわね。職人にも見えないし……貴族ならもっとひょろっとした人が多いわ。うーん、学者には見えないし……役人?」

「残念」

 男は面白そうに笑う。

 結局くだらないと思いながらもアクラブは真面目に考えてしまう。

「じゃあ、芸術家?」

「外れ」

「役者」

「違うな」

「うーん、兵士?」

「おや、そう見えるのかい?」

 くっくっくと笑いながら男はアクラブを見た。

「降参かな?」

「待って、絶対当てるから。そうね……魔術師、とか?」

「残念」

「ううーん、暗殺者」

「外れ。次が最後だ」

「え? えっと、えっと、えっと……冒険家!」

 アクラブは咄嗟に答える。

「残念。外れだ。それにしても面白いお嬢さんだ。散々名前を出しておいて気付かないとは」

「え?」

 男の言葉にその空間の全員が固まる。

「え? ま、まさか……」

「兄さん、嘘だろ?」

「そんな……」

「嘘でしょ?」

 うろたえる声。

「問われて名乗るもおこがましいが……私こそハウル第69代国王、ハイヤトゥン・ハウルだ。さて、約束通りお嬢さんを私の妻に貰おう」

 男はさも嬉しそうに笑う。

「え?」

 先に声を上げたのはアッシュだった。

「う、嘘だろ? なんで国王がアクラブを……」

「な、何かの間違いだ……これは夢だ。そうだ、夢だ。わ、わしのアクラブを国王陛下が……」

 父親までうろたえ始める。

「そこまで驚かなくてもよかろう。私は初めに言った。美しい妻が欲しいと」

 アクラブは固まる。

「え、えっと……国王陛下にはもっとふさわしい方が沢山いらっしゃるでしょう?」

「ふむ、こういう答えは想定していなかったな。何と答えれば良いやら……私はお前が欲しいのだ」

「え?」

「美しく身分も申し分ない。それに、何より元気が良い。さすがは店の看板娘だ」

 ハイヤトゥンはまっすぐにアクラブを見た。

「もう一度言おう。私はお前が欲しい」

「……夢、夢よね? だって、そんな……ハイヤトゥン様が私の目の前に居るなんてそんな……」

「夢ではない。お嬢さん、名前を聞かせてくれるか?」

「……アクラブ……アクラブです……」

 アクラブは夢うつつの中で答える。

 そして、ハイヤトゥンはアクラブを抱きかかえた。

「旨いジュースをありがとう。今日は帰ろう。けれども、明日。明日の晩お前を迎えに来る。支度をして待っていなさい」

 耳元でそう囁いたと思うと、彼はアクラブの頬に軽く口づけた。

 

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