ばすたいむとらべる
「いってらっしゃい」今日も可愛らしい声で彼女は僕を送り出してくれる。彼女ほど僕の心を癒してくれる声を持つ人はいない。キスは照れ臭いから彼女を抱きしめる。何秒か見つめ合って見るがやはりまだキスは照れ臭い。黒髪のセミロング、柔軟剤のいいにおい、こんなに可愛い人が僕の妻であることが僕の胸を幸せで満たしてくれる。
「いってきます、待っててね」
彼女はうんと頷く。
僕は勤務している高校へと向かうため、マンションのドアを開け駅へ向けて足を運びだした。
振り返ると美しい笑顔で彼女は僕に手を振っていた。僕は手を振り返した。僕にとって香織は宝物そのものだった。
電車に揺られ学校へ向かう。僕が読書をしていると、横目にチラッと周りを見ると手を振る誰かが見えた。よく見て見ると、それは妹、有希の姿だった。有希も僕の勤め先と同じところに向かう途中だ。出発地点はかつて僕の住んでいたところであるが。7歳近くも歳の離れた妹であるが故か、彼女とは喧嘩をしたりすることもなくとても仲が良かった。いい意味で家族というより他人のような距離感だった。そんな彼女といるのはとても心地よい。彼女は笑顔でいて少し照れくさそうに近づいてくる。特に深く話したりはしない、取り留めのないことを話す。学校は楽しいかとか友達と仲良くしているかとか。彼女は照れ屋でいて人見知りな性格ゆえにすこし心配していたが、最近は部活がきっかけで仲の良い友達も増えたようだった。とはいえ学校に着くと教師と生徒だ、あらぬ勘違いを起こさないためにもそろそろ離れたほうが良いだろう。こころなしか周りの人にも訝しむような目で見られている気がしている。
「じゃあ」そう言って僕は手を振る。
「うん!」彼女も察してか僕から離れ別の車両へと歩いて行った。
兄の笑顔を見ると嬉しい。彼といると、話していると、自然と笑顔になり、心が満たされる。特に兄が香織お姉ちゃんの話をしている時は本当に幸せそうで私も一緒に嬉しくなってしまう。今日の朝の電車でもそうだった。そして今、兄は教壇で先生として私たち生徒の前で教鞭を振るっている。明るい春の日差しが、窓を貫いて彼のしあわせを照りつけているようだった。彼にはこのまま幸せでいてほしいと、そして自分の幸せはそっと胸の奥にしまおうと私はただ思った。
「ただいまー」僕はそう言って、自宅の扉を開ける。妻の声は返ってこなかった。いつもならこの時間には彼女は帰ってきているはずなのに。時刻を見ると夜の6時だった。買い物にでも行ってるのだろうか。ゆっくりと彼女の帰りを待つことにし、ソファに沈み込む。
顔面が蒼白になっていた。どこを探しても、いない。妻がいない。香織が何の音沙汰もなくいなくなるわけがない。もう時間は夜の12時を回ろうとしていた。妻本人、妻の親や、妻の友人などにどれだけ連絡しても彼女の行方について知っているものはいなかった。僕はやけになり、外に出た。案外近くにいるのかもと思ったからだ。夜の道をあてもなく走り回る。やがて公園にたどり着いた。ブランコに乗り、スマホでニュースサイトを開いてみた。そこには目の引くタイトルがあった。『〇〇県、〇〇市で女性の誘拐事件』僕の住むすぐ近くの地域だった。
「なわけっ...」僕は怒りでスマホを砂場に投げた。立ち尽くしているとやがて雨が空から
降ってきた。僕はただ雨に打たれ立ち尽くすしかなかった。
あの日から一年、香織はまだ帰ってこない。あの日から僕の時間は止まっている。仕事も休職し、ただひたすら無為に時間をすごすだけだ。生きながら死んでいるような日々だ。生きる希望などない。
ガタン、ゴトンと電車は揺れる。黒髪のロングヘアにメガネ、制服を着た地味な少女が電車にいた。
あの頃はよかったな、そう有希は思う。また兄の笑顔を取り戻すことはできるかはわからないが私に出来ることはないのか、そう考え、私は兄の住む家に向かっていた。
僕にはあの人しかいなかった。友人もいない、関わる人間は皆最初は仲がいい、だけどいずれみんないなくなる。僕はいつでも壊してしまう。普通じゃないから。香織だけだったんだ。ぼくのそばにずっといてくれたのは。こうやって自分のことを振り返って、気づいた。香織は何か事件に巻き込まれたのではなく、ただ自分の目の前から消えただけなどではないかと。きっと自分に嫌気がさして、そう思うとなおさら憂鬱になり、死のうという気持ちがより湧いた。椅子から降りて紐の輪っかに自分の首をかけようとした時、ガチャリとドアが開く音がして、僕は椅子から転げ落ちてしまった。
「おにいちゃんん、何してるの!」
見上げると妹の有希が僕を心配そうな表情で見下ろしていた。
「有希、か」
有希は涙ながらに主人公を見つめ、
「なんでこんなことしたの...」と言う。
「なんでって、もう生きる意味なんて..ないじゃないか」
「おにぃちゃん...」
確かに香織さんは綺麗だ。あんな素敵な人はそうそういない。だけども私は、私はどうなの?有希はそう思った。
「ねぇおにいちゃん、私、今日からここに住むね」
「え」僕は戸惑った。
「うん、心配だから、お兄ちゃんが」
「でも、そんな学校は?」
「大丈夫、お兄ちゃんも行ってたんでしょ、ここから」
「そうだけど..」
「お父さんにも話してきたよ」
僕は黙った。そして一言だけ言う。
「ありがとう」
「うん」有希はやさしく返事する。
天井の縄も妹がほどき、居間のソファに僕を座らせる。
「コーヒー入れるね」リビングから有希が言う。
「うん、ありがとう」僕はテレビをつけ、ソファに沈み込みながらボーッと眺める。妹がいるからか、心が落ち着いていた。とはいえ香織を失ったという事実はいまだに彼の心の大きな穴となっていた。
コトッと音が鳴った。有希がコーヒーカップを机に置いてくれていた。
「おにいちゃん、体冷えてたから」
「うん、ありがとう」
「あのさ、おにいちゃんさ」有希が少し恥ずかしそうにしながら言う。
「なんだ?」僕は聞く。
「お風呂、入ろ?」
「お風呂?」
「うん、あったまろ?一緒に」有希は上目遣いで無邪気に言ってくる。
「うん、でも俺らはもう...」僕と彼女の年齢ではいくら兄弟であってもお風呂に一緒に入ることなんて許されない。
「もうおにいちゃん、いいじゃん、あとね試したいことがあるの」
「試したいこと?」
「うん、お母さんの時のこと、覚えてる?」
「母さん...」
僕たちには母がいない。母は有希を出産してすぐに亡くなった。とはいっても高齢出産が原因とかではなく、交通事故、車に轢かれて亡くなった。
そしてあれは有希が7、8歳くらいのころだったろうか。それこそ、これ以上の歳を重ねると一緒にお風呂に入れるかどうかの瀬戸際の年齢の時、たまたまお風呂に入ることがあった。湯舟に二人で入っていると、有希が突然、何者かに乗り移ったかのようにビクッと体を震わせた。
「有希!?大丈夫か?」華奢な肩を僕は両手でつかむ。
「祐一、祐一なの?」
突然、有希が僕のことを名前で呼び始めた。
「わたし、私よ、ママ、あれ?なんでこんなとこでこんな体で」
「ママ?なの?」僕はただ困惑していた。
「これ有希の体?何でこんなこと起きたのかしら」
話し方が母、そしてママ、そのものであった。
「でも、大きくなっだあなたに会えて良かった、元気でね」
そう言うと、母もとい、有希の体はまたビクリと起き上がる。
「おにい、ちゃん?」
有希は自我を取り戻したようだった。
「なにがあったの?」有希には憑依された時の記憶がなかったようだった。僕は有希にありのまま起きたことを話した。それ以来、憑依のことについて有希と話すことは無かった。
「お兄ちゃん、アレ、私できると思う、実はこっそり練習してきたんだ今まで」
「でも...」
「あれね、お風呂じゃないと出来ないの、何というか、霊感が働かないの」
僕には躊躇する理由が二つあることに自分で気づいた。年頃の妹とお風呂に入るということ、そして妹が香織を憑依させれた時、それは香織の死が確定してしまうということなのだ。そうだとしても僕は香織に、彼女に、希望にすがってしまいたいと思ってしまった。
「入ろう、有希、久しぶりにさ」
「うん、おにいちゃん」
有希はにっこりと笑った。
シャワーを浴びる。体を洗い、頭を洗う。有希は先に体を洗い、湯舟に浸かっていた。僕が体を洗うところを有希は見ていた。
「あまり見るなよ」視線が気になり言ってしまう。
「おにいちゃん、昨日お風呂入ってないでしょ?ちゃんと洗ってね体」
「バレてたか?」
「だってくさいも~ん、おにいちゃん」
「わかったよ、丁寧に洗うよ」
「うん」
バスルームにて二人の声とシャワーの音だけが響く。
僕の体も洗い終わり、湯船に二人で浸かる。チャポンと湯船に浸かり、妹と向き合った。普段かけているメガネを外し、長い黒髪は湯船に浸からないように、結ばれていた。見てはいけないと思いつつどうしても彼女のカラダを見てしまう。
彼女のカラダは以前とはもうはるかに異なる女性のカラダをしていた。太もも、首筋、やや膨らみかけの胸、カラダの全てのパーツが女性的な魅力を醸し出している。
しかしながら、妹のカラダに欲情することは兄弟であるからか不思議と抑えることは容易かった。
「あんまり、見ないでよ」有希は頬を赤らめ、乳房を隠す。
外では雨が降っていた。雨音が僕らの間を埋めた。
「どう?」僕は彼女に問う。
「うん、いつでもいいよ」
「じゃあ、頼む」
するとビククッと何かが降りたように、有希の体が震えた。
「なに?ここ?」
「香織..なのか?」
「祐、くん?」有希の見た目をした別のナニカが言う。
最悪だ。これで事実が確定してしまった。香織が死んだという事実が。
「香織、なんで、どこに行ったんだ」
「私、なに、この体?」
「わけわからないかもしれないけど、妹が香織を呼んでくれたんだ、憑霊術みたいな」
「え、私、死んでたんだ」
「....みたいだね」僕は涙を流していた。
「そうだ、私、変な人に突然後ろから殴られて、でもそこから記憶がない」
「顔は!そいつのことは覚えてないか!?」僕は必死に香織に問い詰める。
「え、何も覚えてないの..」
「そう...か」
「うん、ごめん」
「何で香織が謝るんだ、俺が守れなかったせいだ」そう言って、俺は香織、正確には有希の手を握る。すると、香織はハッとして目が覚めたような動きをした。
「ん..お兄ちゃん?」
「有希..戻ったのか」
そして触れた手を話す。
「どうだった?お兄ちゃん、話せた?」
「ああ、話せて、しまったな」
香織が死んでいた。そりゃ、そうか。誰かに襲われたみたいだけど、ほとんど何の手がかりもつかめなかった。
「なあ、有希、また一緒にお風呂入ってくれないか?」
「もちろんだよ、おにい、ちゃん」
その日、僕たちは湯船から出て、体を拭き、床についた。香織が死んでしまった事実に悲しみはあるが、こんなにも穏やかな気持ちでいるのはきっとまた有希ごしにであっても出会えることがわかったからだろう。
「また、会いたいな」
僕はそう呟き、目を閉じた。
「おはよ、ねえ、起きて〜」
何か声が聞こえる。
「うん?」
僕は眠気が残る中、応えようとする。
「おにいちゃーん、おっはよー」
見上げると、制服姿の有希が僕の上に乗っかっていた。
「うん、おはよう、有希、重いから降りてくれ」
「はいはい」思いの外有希はすんなり降りてくれた。
「お兄ちゃん、私は学校行くから、ご飯食べといてね〜」
「お、おう、ありがとう」
いい香りが鼻をついて、キッチンのテーブルを見ると、目玉焼きとトーストが作られ置かれていた。しっかりしているとは思っていたが、ここまでできた妹とは思っていなかった。妹は制服を着ていて、今にも部屋を出るところだった。
「いってらっしゃい」
「うん、行ってくる」
彼女はこちらに手を振りドアを閉じた。
「学校、か」
香織がいなくなってから一年近く、教師としての仕事を休職してきた。そろそろだろうか。働かないとな。香織、有希はまた会わしてくれるだろうか。きっと優しい有希なら。有希のために、今日の晩御飯の食材でも買いに行こう。眼鏡をかけ、スーパーに向かった。
有希は兄が待っているマンションの一室のドアに鍵を差し、開ける。合鍵は持たされていた。きっと香織さんの物だろう。
「ただいま~」
「おかえり」
兄は優しく返事を返してくれる。リビングに行くと兄はカレーを作っていた。まさに今ルーを鍋の中に放り込むところであった。
「有希、好きだったろ?カレー」兄が上機嫌で言う。
「うん、ありがとう」
「あと少しだから、待ってて」
「うん、待ってる」
携帯を少しいじってる間に、カレーはできたようだ。
「有希、食べよう」
「うん」
テーブルに兄と私の二人がつく。いただきますと手を合わせ、スプーンでカレーを食べる。ルウと米をいい塩梅に併せて食べる。おいしい。母のいない私たちによく食べさせてくれた父のカレーの味だ。
「実家と同じだろ?」兄は自信ありげに言う。
「うん、同じ、おいしい、ありがと」
「よかった」兄は安心した様子だった。
学校はどうだったとか、なにをしたか、とかそんな他愛ない話をした。そんな中、兄が堰を切るように、あのさ、ときりこんできた。兄が言わんことを察して、私から切り出す。
「今日も?だよね、会いたいよね?お兄ちゃん」
「うん、ごめん」
「いいよ、お兄ちゃんのためなら私はなんだってするよ」 私は本音を言う。引かれるだろうか。
「なんでも....ってそれはだめだろ」と兄は笑う。付け足して「でも、ありがとう」とそう言ってくれた。
ちゃぽんっと風呂につかり、目の前の有希は疲れているのかふぅと声を漏らしていた。
「疲れてるのか?」
「うん、まぁ部活が少し大変で」
「部活?そういえば何の部活なんだ?」
「あーいや、それは秘密っ」
「ふーん」
「そんなことより、お兄ちゃんやるよ?」
「ああ、頼む」
「じゃあやるね」
彼女は目をつぶり、何かを待つ。
少しの間が空き、ビクンッと有希の体が跳ねる。
「裕君、まただね」
「香織!」僕は思わず抱きしめてしまった。
「裕君、これは妹ちゃんの体でしょ」
「でも今は香織だろ」
「うーんどうなんでしょ」
「香織、好きだ」気持ちが溢れる。
「ふふっ、相変わらずだね」
「裕君、キスしよ」彼女は続けて言う。
「香織..」
「ほら早く、今は香織なんでしょ?」彼女は甘く囁く。
「でも..」どうしても僕はたじろいでしまう。
「んっ」僕は有希の体へとしてはいけないという思いもありつつ、唇に口づけをする。
「ふふっ、久しぶりだね」
「うん」
「もっと...しよ」
「うん」僕は彼女の言われるがままに動いていたが。そのうち、想いが溢れ、深いディープキスをし始める。風呂場には接吻の音だけがこだまする。
「ん.,裕くん、もう少しで戻る、かも」
「うん、じゃあね」
「うん、また」
すると、また有希はビクッと体をのけぞって自我が戻ってきたようだった。
「んっ..」
「戻ってきたか」
「うん、お兄ちゃん、香織お姉ちゃんとは話せた?」
「うん、ありがとう、有希のおかげだよ」
「ううん...私なんて..」
「とにかく、ありがとう、有希」
「うん...」
有希の元気が無い、キスのこととかバレたのだろうか。後ろめたい気持ちが僕の心を刺す。
「なんかさ..ごめんな?」
「ううん、いいんだよ、でも..」
「どうした?」
「私のことも抱きしめて?」
「有希..」
「お願い..」
「うん..」
華奢な彼女の体を抱きしめる。
「お兄、ちゃん」
「有希..」
僕たちは少しの間抱きしめ合って、それから湯船から出て、やがて床についた。ふと彼女が気になって、ベットの彼女を見るとぐっすりと眠りこけていて、僕は胸を撫でおろした。
あれから一カ月が経った。朝。
「おはよ〜う、おい起きろ〜」今は僕が彼女を起こす番だ。
「う〜ん、あと少しだけ..」
有希は心底眠たそうな顔をしている。
「先行くからなー、あとは知らないぞ」
「ぶ〜」有希はふくれっ面を浮かべる。そして有希は眠りながらスンスンと鼻を利かし始めた。
「味噌汁、いい匂い〜」彼女は高揚して起き上がる。
「ちゃんと歯を磨いてな」
「当たり前じゃん」
「それはそうか」
妹は意気揚々とシャカシャカ歯を磨き始めた。
「それじゃあ、先に行ってくる」
「あ、ちょっと待って、お兄ちゃん」
「ちょっとって、どれくらいだよ」
「ちょっとだよちょっと」
「うん、なら待つよ」
少しして、洗面台から有希が小走りで僕に駆け寄ってきた。
「んっ」
そう言うと彼女は目を瞑り、こちらにピンク色の唇を尖らせてくる。
僕は無言になり、僕の唇を彼女の唇にくっつける。
「ふふん、いってらっしゃい」有希はニコニコと笑う。
「うん、いってくる」
僕はドアを開けて、また学校へ働きに行けている。有希のおかげだ。だけど、あの頃に比べると、日常は変わった。変わってしまった。
『優香と有希を二人とも抱いている歪な二重生活 実際は有希だけという』
ぐぽっ、ぐぽっ、艶めかしい音が聞こえる。学校の屋上、昼休憩の時間に、僕と有希は二人いた。他には誰もいない。
有希は僕の男性器を口に含んでいる。それに僕は身悶えすることしかできない。
「学校でするのドキドキするね?」
「おにーちゃん、きもひい?」
「きも...ちいよ」精一杯の言葉を紡ぐ。
香織との逢瀬を重ねるうち、僕と香織は次第に体を重ねるようになった。風呂場で何度も何度も。その経験、記憶は有希にも伝わっていたようだが、彼女は怒ることもなく、むしろ僕に素の状態の有希が性的行為を求めはじめた。それに対して、僕は断ることなどできなかった、そのうえ僕自身の欲望に抗えなかった。香織という大義名分を使い、有希の体を好きにした男が今更何を反論できるだろうか。そしてそのような行為がエスカレートしていくたび、僕の心、および肉体は香織が有希なのか、有希が香織なのかの境界が曖昧になっていき、僕は有希を愛しているのか香織を愛しているかさえあやふやになっていった。
「わたしね、お兄ちゃんのこと好きなんだ」
男性器を口から出し、彼女は上目遣いで言う。
「うん」僕は答える。
「お兄ちゃんは?」
「僕も好きだよ」その言葉は嘘でもなければ真実でもなかった。
「おにいちゃんは私のはじめてを奪ったもんね?私の言うことに逆らえる訳がないよね?」
罪の記憶が蘇る。
「大丈夫だよ、別に気づかないよそんなの女の子は」
風呂場でそう香織が囁く。
「でも」
香織の言うことには僕はあらがえない。もういなくなってほしくないから。
「そうなのかな」
「うん、大丈夫、きて」
僕は罪を犯す。取り返しのつかない罪を。
「んっ、んっ」
彼女は喘ぐ。有希の声で。その声を聞くと胸が苦しくなる。
「香織..んっ」
香織と有希は意識を共有してるようで、片方が経験したことは両方とも経験をするようだ。
「お兄ちゃん、気持ちよかった?」
「うん、気持ちよかったよ、ありがとう」
そう言って僕は彼女の頭を撫でる。
「だったらよかった!」
彼女はそう言って笑った。
僕は有希、香織と奇妙な三角関係を持ちながら日々を過ごしていた。
冬、雪が降り荒れている。旅館から見える雪は美しい。ここに来る最中に見える雪景色に有希も興奮していた。わざわざ、東北まで足を運んだ甲斐があった。
「香織どう、気持ちいい?露天風呂は」
「最高、ありがとう、祐くん」
僕と有希は旅館に泊まった。旅館の個室露天風呂の湯加減は格別で、いつものお風呂とはまるで異なる。香織も喜んでいるようで本当に嬉しい。香織と僕は話の流れの中でまたいつものように体を交わせる。
パンッ、パンッと香織、正確には有希の体を突き上げる。突き上げるたびに、甘い声が部屋に響く。そんなことはお構いなしにただ本能のままに性行為を続けた。
いつまでもこんな日々が続いてほしい。ただそう願う。
「ねえ、滝上さーん、こっち来てくださいよー」
どこかで聞いた甘い声がとあるお土産屋さんで聞こえた。僕は何か嫌な予感がして振り返る。
ここにくる一時間前。
「ねえ、お兄ちゃん、お土産買ってきてよ」
有希が僕にお土産をせがんできた。大好きな妹の願いを断れるわけもなく、僕は雪の積もった道を踏み締め、お土産屋さんへと足を運んだ、のだが。
香織、がいた。有希に憑依した香織ではない。本物の香織である。僕は驚いて、尻もちをつく。
「うわ、うわあ、何で、何で、香織、が」
そして香織、と思しき人物がこちらを振り返った。
「ゆ、祐くん..」間違いなく香織であった。
「香織..」
「何でこんなとこに..」
「何でこんなとこに..ってそれは僕のセリフだよ!いきなり消えて、何かあって死んだと思ってたら、なんかここにいるし、それに有希に..」
「祐君..」彼女はびっくりし、引いていた。
店内で騒ぐ僕に周りの人たちは引き、コソコソと内緒話をし始めた。
「どうしたんだ、香織」
香織の隣の男が香織に話しかけてきた。そして僕の方を見る。
「もしかして、この人が?」その男が言う。
「うん、そう」香織はそれに相槌を返す。
「祐君さ、一旦外に出ない?」完全に冷静さを欠いたぼくに、香織は優しく話しかける。
「う、うん、わかった」正直言ってもうわけがわからなかったが今はただ香織の言うことを聞くことにした。
香織、そしてもう一人の男についていき、人通りの少ない場所に3人で集まる。
「どう?少しは落ち着いた?」
落ち着けるわけがない。有希が嘘をついていたこと。騙されていた事実。香織が目の前から消えてこんなところで男と二人でいる事実。もうすでに大声で喚く元気すら無かった。しかし、心の中はもうぐちゃぐちゃでまた自然と口から声が出始めた。
「香織..どうして、どうして、どうして、どうして」僕は何度も何度もぶつぶつと呟く。情緒が壊れていた。
「祐、くん..」
「そいつは何?新しい男?で、そいつがいるから俺はもういらないから捨てるんだ」
「ちがう!彼はただ相談に乗ってくれる友達だよ」
「友達、ねえ..」僕は呆れたように言う。
「だって祐くんが..」
「俺のせい?どういうことだよ」
「祐君が!私を縛るから!」
「縛る?」
「だっていつも私のことを管理する!勝手に外に出たりしたら怒るし、家事、人間関係とか苦しいんだもん、祐君といると、でも」
「でも、何?その男とは一緒にいるのは楽ってこと?」
「そうだよ、楽だよ、祐君といるより」
「...そう」
「うん」香織は相槌で返す。
「別に祐君が完全に嫌いになった訳じゃないよ」
「香織..」うずくまった僕は香織を見上げた。
「しばらくさ、距離置きたかったの、ほんとは事情も話したかったけどね」彼女は笑う。その小悪魔のようでいてまた天使のような笑顔を見て許せる男がこの世界にどれだけいるだろうか。
「わかった..」僕はいつの間にか納得していた。
「祐君、またそっちにいつか戻るよ、その時にまた話そ」
「香織..わかった」
二人とは別れた。別れ際に隣にいた滝上に頭を下げた。すると彼は返してくれた。
ただ、僕の溢れる感情をぶつけなければならない人間がまだ一人いた。有希、嘘をついていた。僕は怒りを噛み締め、旅館に向かい足を雪で踏む。すると後ろから誰かの人影を感じ、振り返るとその人影はすぐに感じなくなった。
旅館に着き、有希に会いに自分の部屋に行く。しかし、彼女はいない。
「あいつ...どこに」
スマホを使い、彼女に電話する。2、3回コールの音が鳴り、彼女は電話に出た。
「もしもし..」いつもの彼女と違い明らかにいつもにはない冷たさのようなものが声に帯びていた。
「有希..早く帰ってこい、冷えるぞ」
電話口でいきなり怒る気にはならなかった。
「うん..」
しばらくして、旅館に彼女は帰ってきた。
彼女がドアを開け、部屋に入った後、僕と有希はすぐ目が合った。
「有希」僕は真剣な眼差しで彼女を見つめる。
「お兄ちゃん..」
有希は僕を見つめ返す。そして僕は少し黙る。
「どうしたの?お兄ちゃん」
「お前、う、うそを、嘘をついてたんだろ?」僕は吃りながら言葉を紡ぐ。
「なんのこと?」彼女は平気な顔でしらをきる。
「香織、生きてたよ、さっき会ったよ、偶然」
「そうなんだ」有希は無感情で言う。
「嘘、ついてたんだな..」僕は詰める。
「.....」有希は黙る。
しばらくの静寂が部屋を包んだ。僕は気まずくなって部屋を出ることにした。
「お風呂行ってくる」
そう言っても有希は何も答えなかった。
部屋を出る時にドアノブに手をかけた時、小さい声でごめんなさいと言ってる声が聞こえた。僕は何も答えなかった。
それから僕たちは旅行中、最低限の会話しかしなかった。
家に着いた。帰ってからも僕と有希の間には会話がないわけではなかったが、ずっと気まずい空気が包んでいた。
僕は彼女との共同生活を辞めることを決めていた。
「ねえ有希、僕はもう君と住みたくない」
僕ははっきりと告げる。
「だよ、ね」
「うん、だから」言葉を続けようとした瞬間有希がそれを遮る。
「お兄ちゃん、一つだけ、最後のお願いがあるの」
「ん、なに?」
「一緒にお風呂に入りたいの」
「....」
「お願い、最後のお願いだから、お兄ちゃんとお風呂最後に入りたい」
「....わかった」
ちゃぽん、浴槽の湯船が揺れる。かつてと同じように二人は顔を合わせる。
「久しぶり、だね」
「そうか?」
「うん、長く感じた」
「そうか」
「わたしね、お兄ちゃんとずっと一緒にいたいの」
「...そうか」
「そうなの、ずっと一緒にいるにはどうしたらいいのかなって考えてた...ほんとはこんなことしたくなかったけど」
「もう怒ってないよ、だけどもう一緒には住めないよ」
「そう言うと思った、だからホントにした」
「?」彼女の言うことには何か含みがあるような気がした。
すると彼女の体がビクンッと跳ねた。嫌な予感がした。
「祐君?」
香織、本物だ。直感で分かった。
「そうだ、私、あなたの妹に殺され..」
その瞬間、香織の自我は沈められた。有希の能力は本物だったのだ。そして今の香織の自我と香織の言葉が示す意味。
「フフ、フフフ、あんなお兄ちゃんをたぶらかす女、死ねばいいんだよ、当然の報いだよね」
「お前っ」
僕は頭に血が上り、彼女の首を絞めかかる。すると有希の体がまたさっきのようにビクンッと跳ねる。
「くる、しい、くる、しいよ祐くんっ」
僕はハッとしてその手を離す。
そして自我の主導権は有希に戻る。
「お前、お前...香織、香織を」
「どう?お兄ちゃんこれでも私を殺す?もうあの人には会えなくなっちゃうけど?」
「....」僕に言う言葉はない。
「また一緒にすごそうね、お・に・い・ちゃ・ん」
彼女はニタリと笑った。




