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『あなたに寄り添うたび、世界は静かになる。』「推奨」

 昼休みの終わり、給湯室は少しだけ混んでいた。

 紙コップにコーヒーを落としながら、背後の会話が途切れ途切れに聞こえる。


「……もう、限界かもしれなくて」

 振り向くと、同じ部署の佐伯がいた。


 顔色が悪い。

 目の下に、薄い影。

 いつもより声が低い。


「大丈夫ですか」

 声をかけると、少しだけ驚いた顔

をして、それから小さく笑った。


「あ、ごめん。聞こえてた?」

「少しだけ」

 嘘ではない。


 全部ではないが、十分だった。

 佐伯は紙コップを持ったまま、少し迷ってから言う。


「親の介護があって……最近、仕事との両立がきつくて」

 言葉を選んでいるのが分かる。


 整理されていない話。

 でも、状況はすぐに見えた。


「辞めるかどうかで迷ってる感じですか」

 佐伯が、ゆっくり頷く。

「そう……転職するか、今のまま頑張るか。どっちも無理な気がして」


 コーヒーを一口飲む。

 苦い。

 考える。


 パターンは多くない。

 介護負担。勤務時間。収入。精神的余裕。


 頭の中で整理される。

「制度、使ってます?」

「一応……でも、限界があって」

「在宅は?」

「難しいかな……」

 いくつか言葉を交わす。


 現実的な選択肢を並べる。

 どれも決定打にはならない。

 佐伯の表情は変わらない。

 少しだけ、疲れが深くなる。

 そこで、スマートフォンを取り出す。


「これ、使ってます?」

 画面を見せる。


 よりそい。


 佐伯が首を傾げる。

「聞いたことはあるけど……」

「ストレスとか人間関係を調整してくれるやつです。結構効きますよ」

 言いながら、画面を操作する。


 説明は簡単でいい。

 機能。実績。普及率。

 佐伯は迷っている。

 当然だ。


「難しくないですか」

「大丈夫です。最初だけ一緒にやりますよ」


 そのまま、インストール画面を開く。

 通信環境。アカウント。基本設定。

 手順は慣れている。

 途中、確認画面がいくつか出る。

 利用規約。


 スクロールして、チェック。

「ここ、押してもらっていいですか」

 佐伯は一瞬だけ止まる。

 すぐに、押す。

 小さな振動。

 登録完了。


「これで大丈夫です。あとは放っておけば、だいたい整います」

 そう言うと、佐伯は少しだけ安心した顔をした。

「ありがとう……ちょっと、試してみる」

 昼休みが終わる。


 それぞれの席に戻る。

 午後の業務は、いつも通り進む。

 特に問題はない。


 数日後。

 給湯室で、また佐伯と会う。

 顔色が、前よりいい。

「最近どうですか」

 聞くと、佐伯は少し考えてから答えた。

「なんか……楽になったかも」

 声が軽い。

「仕事も?」

「うん。前ほどきつくない感じ」

 具体的な説明はない。

 でも、それで十分だった。


「よかったですね」

 そう言うと、佐伯は少しだけ笑った。

「うん。本当に助かった。相沢さんのおかげ」

 感謝。

 素直な言葉。

 軽く頷く。

 それ以上は言わない。

 必要ない。


 席に戻る途中、スマートフォンが震える。

 画面を見る。

 よりそい。

 通知ではなく、ログ。


 《新規対象:登録》

 《関係負荷:解析開始》


 数秒、表示されたまま。

 特に操作はしない。

 やがて消える。

 業務に戻る。

 支障はない。

 夕方。

 別の同僚が、小さくため息をつく。

「最近、ちょっと人間関係きつくてさ」

 振り向く。

 話を聞く。

 内容は軽い。

 さっきより、ずっと。

 頭の中で整理する。

 解決は早い。


「それ、よりそい使えばいいよ」


 同じ言葉。

 同じ調子。

 迷う理由はない。

 それで、だいたい解決する。


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