人員点呼・・・後編
ビデオを見た夜、私はほとんど眠れなかった。あの笑顔、一瞬だけ映った女の子、誰なのかどうしても、思い出せない。
翌朝、母に切り出した。
「キャンプのビデオ見たんだけど・・・」
一瞬母の顔はくもらせた。
「あれ、見たのね」
「誰かいなくなった子いたよね」
母は目を逸らした。
「いなくなった、なんてことはないんだよ、ただ最初からいなかったのよ」
「えっ・・・っ、どういゆうこと?」
「名簿にも、写真にも最初から載ってなかった、でも、あの夜だけはみんなが、『一人足りない』って言いだして、先生たちも一瞬パニックになって・・・すぐに"気のせい"ってことにしたんだよ」
私は青ざめた。
「それって、意味が理解できない・・・」
母はめんどくさそうに、ため息をついた。
「私たち大人はあの子が存在していたことにしては、ならないって、決めたのよ、だからみんな、忘れることにしたの、忘れれば、なかったことになるからって・・・っ」
「うっ・・・っそ、そんなのおかしいよ」
「おかしいのはわかってる、存在をみとめたら、もっと怖いことが起こるって、みんな感じたのよ」
母は、そこで言葉を切り沈黙の後、更に続けた。
「みゆちゃんも同じこと言ってたのよ、"隣にいた子が朝になったら、いなくなってた"って、でもみゆちゃんのお母さんが、凄い顔で『そんな子はいない』って、言ったの、それ以来みゆちゃんもその話はしなくなったわ もお、数年前の話なんだからいいでしょっ・・・」
私は震えがとまらなかった。
あの余白は誰かが意図的に消したものじゃなかった。
最初からそこに"いなかったことに"されていた空白だった。
でも、私にビデオの中の笑顔も見えてしまった。
その夜また声がした。
今度ははっきりと名前を呼ばれた。
「ねぇ、覚えててくれる?」
怖いというより、寂しそうだった。
私は布団の中で初めて声に応えた。
「うん、覚えているよ」
暗闇の中で、微かに笑うような息が聞こえた。
「ありがとう、じゃぁ、もういいよね」
その瞬間部屋の空気は急に軽くなった。
私は布団に顔を埋め、泣いた。何に対して泣いているのか自分でもわからなかった。
ただ、大切な何かを、ようやく手放せたような気がした。
それから数日後、もう一度あの集合写真を見直した。
二十二人と先生二人。あの空白
今回は空白じゃなかった。一番後ろの列左から三番目、そこにちゃんと
女の子が立って、髪は肩くらい、大きい目で、笑うと歯茎が見える。
名札にはかすれたマジックで、「さくら」と書いてある。
さくら・・・その名前を思い出した。さくらはいつも一人でいることが多かった。キャンプの夜、私の隣の布団にいて、消灯の後、こっそり声かけてきた。
「ねえ、虫つかまえて、持って帰ったら怒られるかなぁ・・・」
「私は虫すっごく怖いんだよねぇ でも、みんなと一緒なら平気かも」
そんな他愛もない会話をしたけど、それが最後の会話になったなんて。
ビデオの一瞬見えた子はさくらだ。さくらの笑顔はどこか寂しそうで、安心した顔にも見えた。
そしてキャンプの研修施設のことを調べた。ネットには何も出てこなかった。事件・行方不明者も、何も。
ただ、ひとつ、古い掲示板に、誰かが投稿した一文を見つけた。
【〇〇キャンプの夜、誰かが消えたっていう、噂で、結局誰も、消えていなかったことにされたらしい】それだけだった。
その書き込みに返信した。
"いたよ、さくらちゃん、覚えてるよ"
返信をタップしたとき胸の奥にあった、重い塊がようやく溶けるように消えた。
それ以来、夜中に声がすることがなくなった。
あの夏の夜、確かにさくらはそこにいたことを私は知っている。
さくらはどこへ行ったんだろう。本当に最初から、いないことにされて、それでよかったんだろうか?
だから、私はあの集合写真を怖いとは思わなくなった。
ただ、毎年夏になると、ふと、夜空を見上げて小さな声で呟く。
『さくらちゃん、元気?』
そして私はゆっくり目を閉じ眠りにつく。




