人員点呼・・・中編
みゆちゃんの言葉を聞いてから、私は妙に落ち着きがなくなっていた。授業も、給食の時間もずっと、写真のあの片隅で"あの空白"がちらちらしていた。
隣に誰かがいた気がするって、私も同じ感覚をずっと持ち続けていたけど、言葉にすると急に現実が迫ってきて怖くなった。
放課後の教室の後ろのロッカーに貼ってあった集合写真をもう一度じーっと見つめて、あの空白はやっぱり存在していた。
他の子は普通に笑っているのに、その場所だけ空気が抜け落ちたみたいな、しめったような、ぽっかりしているように、感じた。
指で余白をなぞってみても、ただの紙だけど、その後指先がスーッと冷たくなった気がした。
その夜布団の中で目を閉じても眠れなかった。暗闇の中で誰かの気配が・・・。
「ねぇー・・・」小さな声がした。
私はびくっと起き上がった。部屋は真っ暗で家族はもう寝ている時間。確かに耳元でささやくような声がした。
「いるよね?」
バクバクと心臓を抑えながら、尋ねた。
声の主は女の子の声。聞き覚えはない。クラスメイトでもない、知らない声。
布団を被って耳を塞ぎ声は止まった。
代わりに布団のすぐ横でしゃがんでいる視線を感じた。
怖くて目を開けられず、じーっとして、数分経過した。勇気を出して布団を少しずらした時には、もう、気配は消えて何もなかった。
ただ、部屋の空気が重かった、という、記憶が残っていたから。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
私は決心した。もう一度あのキャンプの事をちゃんと知りたい、知ろうと・・・。
お母さんに頼んで昔のアルバムを出してもらった。
小学一年生の写真は運動会・遠足・行事などの写真がたくさんあったけど、あのキャンプの写真は一枚しかなかった。あの集合写真だけだ。
「ねえ、お母さん、あのキャンプの時、誰か行方不明になった子いなかった?」思い切って聞いてみた。
お母さんは一瞬手を止めた。
[何よ、急にどうしたのよーっ、そんなことなかったわよ、みんな元気に帰ってきたじゃない」
「でも、なんか変な感じなのよねぇー」
「変な感じって」
どう、言葉で伝えていいのか、表現に困り、言葉に詰まった。
〔空白のみゆちゃんの言葉・夜聞いた声、全部がごちゃ混ぜだ〕
「なんでもないわーっ、忘れてーっ」そう言って私はアルバムを閉じた。
お母さんがポツリと言った言葉が耳から離れない。
『忘れた方がいいこともあるのよね』
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
中学になってからも、私は時々そのことを思い出していた。クラスメイトに話したことは、一度もない。みゆちゃんも小学校の卒業式の後、会うことはなかった。
大学生になったある日、実家に帰省し、押入れの奥から、古いビデオカメラが出てきた。父が昔趣味で撮ってたホームビデオのテープ。
その中に【〇〇年 夏キャンプ】とマジックで書かれたラベルが貼ってあった。迷ったけど再生した。
画面はチラチラしていて、体育館の中。子供たちは布団を敷いている。先生が"消灯します"と言っている。そして、夜の映像。
カメラは三脚に固定されたまま暗い体育館を映し続けていた。子供の寝息や布団が寝返りなどで擦れる音が録音されていた。
しばらくすると、懐中電灯の光、先生が一人体育館の外へ出ていく、その次にもう一つ光が、画面に映っている。画面左側、布団の列の端っこで、誰かが起き上がって、顔はほとんど見えない。
背が小さくて髪が肩まである女の子。
体育館の出口に向かって歩き、先生は後ろを追うように。出口の扉の所で止まった。カメラの方をじーっと見た。画面が一瞬白く飛んだ。次の瞬間もう、その子はいなかった。
出口の扉は閉まっている。体育館の中には寝ている子供たちだけ。
私は息を止めた。あの顔、一瞬の顔、私は確かに見た。誰だったのかは、どうしても、思い出せない。




