移民政策の是非を問う
『移民政策の是非を問う』
――それがそのネット動画サイトでライブ配信されている討論番組のタイトルだった。
人口減少、少子化問題が解決するどころか益々悪化し続ける中で、当然ながら生産人口の減少が問題視されるようになっている。そして、現在の日本社会では、その抜本的な解決策として、“移民政策”が提示されているのだ。
その討論番組は、タイトル通り、その是非を問う為のものだった。出席メンバーの一人の弁護士がこのような事を言う。
「移民の先進国のヨーロッパで、移民に関わるコストを計算した結果、移民元によって大きな差がある事が分かりました。なんと、一人当たり一億円以上のマイナスになるケースすらあるのです。
もちろん、優秀な人材も世界にはたくさんいます。が、現在の日本は通貨安の所為で移民先としての魅力が失われてしまっているのです。優秀な人材は日本を選んではくれないでしょう。ならば、移民政策は諦めるしかない」
その時、
“……彼の発言は経済史を考えるのなら十分に納得ができます”
と、番組のチャット欄にコメントが入った。
多くの者がそのコメントに注目をしたようで、流れるコメントの中に“その根拠は?”と尋ねる内容が幾つか見える。
同じ人物がコメントを追加する。
“現代の経済では、人口が増えるとGDPが増えるのは常識となっています。ですが、かつては違いました。人口が増えるとGDPは減ってしまったのです。理由は簡単。人口が増えると教育が疎かになり、スキルの低い労働者が増えてしまうからです。それが変わったのが教育インフラの整備でした。つまりは学校ですね。学校教育のお陰で、人口が増えても労働者の能力が下がらなくなったのです。
ですから、学校がまだあまり普及していない社会の労働者を受け入れると、却って社会の負担になってしまう可能性が高いと考えられるでしょう”
長いコメントだったからだろう。チャット欄の人々がそのコメントに反応する前に、討論は進んでいた。
「その発言は差別ではないですか? 移民の中にだって優秀な人材はいますよ」
出席メンバーの一人の実業家がそのように弁護士の意見に反論をする。弁護士は淡々と返す。
「もちろん、優秀な人材はいるでしょう。それは当たり前です。でも、全体を観れば、コストの方がかかってしまうのですよ」
「そーいう事を言っている訳じゃないのですよ」
と、実業家は言う。
「優秀な人材もいるのに、全ての移民を拒絶するというのは、差別になるのではないか?と言っているのです」
そこで先のコメント主が再びコメントを追加した。
“その場合、優秀な人材とそれ以外を効率良く見分ける手段が必要になって来ます。ですから、そう主張するのであれば、その手段を提示するべきだと思います”
実業家は目を丸くする。
先の解説で一目置かれていたからだろう、コメント欄のほとんどの者が、その主張に同意している事が示されていた。すると実業家はこうそれに返した。
「教育及びに試験を導入すれば良いでしょう? 教育不足だと言うのなら、何段階かに分けて、合格した者を教育し、再び試験を行って優秀な人材を抽出していくのです」
コメント主が返す。
“単なるスキルだけじゃなく、犯罪を行わない誠実さも必要だと思いますが”
「それだって教育の過程で見極めれば良いでしょう?」
そこで弁護士が発言をした。
「ですから、それにはコストがかかるのですよ」
実業家がそれに反論する前にコメント主がコメントを追加した。
“初等教育は人間の学習にとってとても重要です。それを疎かにしている社会で育った人が、簡単に教育で成長できるとは思えませんが……
もしその国の人々の事を考えるのなら、初等教育の重要性を説き、その国に教育インフラを普及させた方がより効果的ではないかと思います”
実業家は苛立たしげに返す。
「そんなのやってみなければ分からんでしょうが!?」
弁護士が言う。
「だから、やってみてダメだったって事例があるのですよ」
コメント主がコメントした。
“もし、あなたにそれが可能だと言うのなら、それを実際にやってみれば良いのではないでしょうか? 実業家なのでしょう? 外国人労働者を雇って、あなたが上手くいくと考えているその方法の有効性を証明すれば良いのですよ。
そして、それをモデルにして、社会全体に展開していく…… それくらいやらないと世の中の人達を説得するのは難しいと思います”
実業家は何も返さなかった。顔を真っ赤にしている。“詰み”である。“返さない”のではない。“返せない”のだ。誰もがそう思っていた。
弁護士が機嫌良さげに言う。
「分かったでしょう? 日本で移民政策をやるのは無理があるのですよ。諦めた方が良い」
がしかし、その弁護士に向けてもコメント主は指摘をするのだった。
“しかし、その場合、労働力不足問題はどうしますか?”
弁護士は驚いた顔を見せる。
そのコメント主は、自分の味方だと…… つまり、移民反対派だとばかり思っていたのだろう。
コメント主は続ける。
“勘違いしないでくださいね。僕は移民には反対です。異なった文化と文化が混ざり合うのはとても難しい。例えば、イスラム原理主義者と白人至上主義者が近所に住めばトラブルが起こる事は容易に想像できるのです。ここまで極端な事例ではなくても、カルチャーショックから来る問題は頻発するでしょう”
弁護士は黙る。次のコメント主のコメントを待っているのだ。
“もし仮に移民政策に頼らず、労働力不足を解消したいと思ったのなら、生産性の向上によって労働力を余らせる事が必須になって来ます。
日本は中間流通業者が多いので、ここを見直せば労働力を余らせる事ができます。その他にも、多重派遣でマージンが抜かれる体制が野放しになっていますが、これをもっと厳格に禁止にすれば実質的に生産性が上がります。少子化で人口が減り続ける中で無理矢理に維持している大学なども同様ですね。
また、オンライン診療や授業の普及、ライドシェアリングなども規制改革で伸ばしていけば、生産性の向上が可能になります。
移民政策に反対するのであれば、このような試みによっての労働力不足の解消を訴えなくてはいけません。
しかし、多くの移民反対派は、何故かこれをあまり訴えない。
正直、僕は移民反対派も非合理的だと思っています。嫌な事を嫌だと主張するだけでは状況は良くなりはしません”
それに弁護士は何も返さなかった。
最後にコメント主は言った。
『こういった問題は、既得権益と結び付いています。その所為で無駄を省き、効率性を上げる事ができない。もし、それができないのであれば、いずれなし崩し的に日本は移民を受け入れざるを得なくなるでしょう。
移民には反対するのであれば、既得権益に立ち向かわなくてはダメなんです』
それは弁護士に向けて、と言うよりも、或いは社会全体に向けて訴えたのかもしれなかった。




