第5話 開廷前夜の絶望
翌日。外出から戻ったアルバは顔色が悪かった。
「裏取引の話が来た」
そう前置きしてから、言葉を選ぶ。
「どうやら、この事件を早く終わらせたい
人間が多いようだ」
「なぜ?」
「1つ目は、炎魔術師派閥が今この件で揉めていて
宮廷魔術師が早期に裁判で解決すべき、だと。
死刑にはしないから戦役刑で手を打て、と」
裏取引。被告人を有罪にする代わりに、
量刑を軽くする。弁護官には、よくある話だ。
むしろ、その交渉が唯一の仕事らしい。
「戦役刑とはどういう刑なんだ?」
「隷属の腕輪を嵌められ、上官に顎で使われ、
戦争の危険地帯で命を賭けて戦い続ける」
「過酷な刑罰なのか」
「生きて帰って来るのは20人に1人ぐらい。
生還した者は大体四肢を欠損しているか、
精神が壊れている」
「その裏取引を受け入れたのか?」
「拒否したよ。この事件は不可解な点が多すぎる」
「さっき1つ目はって言ったけど、
他に裏取引をしたい勢力があるのか?」
「国王軍の一派。マナウル国との紛争の打開策として
魔術師の戦力が必要なんだと」
「拒否して大丈夫なのか?」
「前に言いそびれた弁護官のリスクだな。
揉め事に関わるのが仕事だから、
誰かの不興を買うこともある」
言葉を探したが、何も言える事がなかった。
「今から事件現場を調査して、後でもう1度
エルディオと面会する。君は書類棚から
近似事例の探索と、部屋の掃除をしていてくれ」
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その夜。不幸な事故が起きた。
アルバを含めて3人が夜の街中で魔道具の
オーバーフローに巻き込まれ、大怪我を負った。
炎上事故として処理された。
鑑定結果もそう出ている。
調査も深くされなかった。
「運が悪かったですね」
階下の隣人はそう言った。
面会に行くと、アルバは意識が無い状態で
病室のベッドに横たわっていた。
全身が包帯に覆われていた。
医師は日常生活への復帰は難しい、と告げた。
焼け爛れたアルバのバッグの中に焦げたメモがあった。
持ち帰ることにした。
病院を出てエルディオに面会に行くことにした。
「新米助手が1人で何しに来た?」
前回よりも警戒心が強い。前に口喧嘩を仕掛けたのは
こちらなので、仕方がない。
「アルバはここに来なかったか?」
「来てねえ」
「街中で魔道具のオーバーフローに巻き込まれて
大怪我した。意識も無い」
「なんで?」
エルディオは言葉を飾る余裕も無いようだ。
「分からないが、戦役刑で収めるという裏取引を
断ったからかもしれない」
「なんで断る」
「お前が無実を訴えたからだ」
エルディオは何も言えなくなった。
協力を得るチャンスだ。
「あの日何があったか全部正直に説明しろ。
無実を信じた弁護官に申し訳ないと思うなら」
エルディオは、絞り出すように少しずつ説明した。
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数時間後。執務室に通達書類が届いた。
代理弁護官の指名。
断ることはできる。その代わり、弁護官補佐の資格は
剥奪される旨が記載されている。
この街で生きていけなくなる。
引き受ければ、ほぼ確実に敗ける。
下手をすれば、裏取引を拒否した一派として、
次の標的になる。
埃まみれの机がわずかに揺れた。
身体が勝手に震えているからだ。
リスクを取らなければ、ここに立つ意味がない。
取れば、潰される可能性がある。
それでも。法廷の鐘が鳴り始める。
逃げ道は、もうない。
弁護官席に座る理由は1つだけだ。
この裁判は、最初から間違っている。
それを証明する場所は、法廷しかない。
扉が開く。裁判が、始まる。




