第1話 異世界転移
本作は、スキルや魔法が真実を決める異世界法廷を
舞台にしたファンタジー&リーガルミステリー。
鑑定魔法は絶対。魔力残滓は嘘をつかず、
論理よりもスキルの強さが判決を左右する世界。
主人公は、魔法を使えない弁護官。
派手な無双やチートは無い。
詰んだ法廷で、論理だけを武器に戦う。
異世界とリーガルミステリー、
その交差点で紡がれる物語。
帰り道のその横断歩道の信号は、間違いなく青だった。
左右も確認した。スマホも見ていない。
つまり――こちらに過失は無いはずだった。
そこに、トラックは急スピードで突っ込んで来た。
減速せず、逸れず、一直線に。
感じたことが無い程の強い衝撃が右半身を襲った。
視界が跳ね、天地が反転し地面に叩きつけられた。
叩きつけられる時、体の内からはっきりと音がした。
骨が折れる音、内臓が潰れる音。
肺も潰れたのか、呼吸もできなくなった。
大量の血が流れ出す光景がぼやけた視界から見えたが、
痛みはまだ感じない。
そして、視界が真っ白に滲んだ。
*
目を開けると、そこには一切の物がなかった。
色も、音も、匂いも無かった。ただ「空間」があった。
現実世界では無いことを直感した。
そこに、人の形をした眩い光があった。
異世界モノの定型を当てはめるなら
神か、それに近い存在に違いない。
人の形をしているが、顔は全く見えない。
でも、こちらを見ていることは分かる。
「井上裕也。交通事故死。享年32歳」
断定だった。確認も、哀悼もない。挨拶もない。
「正確にはまだだが、結果は確定している」
ここがどこなのか、質問しようとしたところ、
遮るように次の言葉が話された。
「特別に、傷を直した状態で異世界に転移できる」
提示は一文。条件説明はない。
「転移にあたって付与される能力は?」
「ない」
「魔法は?」
「使えない」
「スキルは?」
「付与しない」
淡々と否定される。
「……なぜですか?」
神の表情は見えないが、不機嫌な気配は伝わる。
「逆に、なぜ期待する?」
質問に質問が返って来た。
「スキルは学習した者、修練した者が獲得する。
君は現世で何を修練した?」
「…強いて言えば、科学知識。論理思考。営業力……」
再び遮るように、言葉を浴びせられた。
「スキルと呼ぶには曖昧で、弱い。武術や運動も習
熟していない。肉体鍛錬もなし」
確かに、これまでずっと文化系一筋で
スポーツに熱中したことは一度も無い。
論理は通っているが、まだ納得できない。
「その転移される異世界は、魔法やスキル前提で
成り立っているのでは?」
神は一拍だけ黙った。
「……そうだ」
「なら、能力を持たない者は?」
「無能力者は搾取され、虐げられる」
即答だった。
「後天的に魔法やスキルを習得することは?」
「不可能だ」
「理由は?」
「お前の”器”は事故で壊れたからだ」
傷を直した状態で転移するんじゃなかったのか?
これまでの会話で分かったことがある。
この神らしき存在は悪でもないが、正義でもない。
そして全知全能でもない。結果でしか判断しない。
慈愛もユーモアも足りない。
「能力を与えないのは、罰ですか?」
「違う」
「では?」
「公平だ」
公平。正しいようで理不尽な言葉。
「お前は現世でスキルを取らなかった。
それが結果だ。転移する世界は常に結果で裁かれる」
神らしき存在は話を切り上げようとしている。
「一つだけスキルを与える。言語理解だ。」
こちらの返答を待っている様子もなく、
神らしき存在はボソボソと呪文を呟いた。
足元が急に消えた。
*
落下は一瞬だった。次に感じたのは、土の冷たさ。
森の中だった。周囲は誰もいない。
身体は無傷に戻っている。服もそのまま。
持ち物はない。スマホも財布も。
空を見上げ、まず太陽を確認する。
色が少し違い、紫がかっている。
異世界は思ったより普通で、違和感はない。
森を闇雲に1時間ほど歩くと街道に出た。
足音を抑えて歩いたからか、
モンスターには1度も会わなかった。
街道といっても草が生えていないだけで、
未舗装の道だが、人の往来の跡がある。
さらに1時間ほど歩くと、巨大な円形都市が見えた。
外壁は頑丈そうな素材で、見上げる程の高さだった。
入り口には、鎧姿の門番が2人いた。
こちらに気づくと、低い姿勢で槍を構えた。
「止まれ!鑑定する!」
首から下げた板状の道具が光る。
数秒後、門番の眉が寄った。
「……結果なし」
「なし?」
門番の相方が素っ頓狂な声で聞き返した。
「鑑定不能だ。こんな事は初めてだ」
空気が変わる。
2人は険しい表情のまま顔を近づけ、
ヒソヒソと密談した。
「鑑定不能は危険対象Bランクだ」
理由は説明されない。
こちらの弁明を聞く雰囲気も無い。
結果だけで十分らしい。
「待って下さい」
極力冷静な声を掛けた。
「私は森で迷っていて、武器もお金も持ってません。
危険もないので責任者を呼んでくれませんか?
鑑定の装置が故障している可能性は無いですか?」
相手は露骨に嫌な顔をした。
責任を負うのが嫌なのか、
1人がその場を離れて呼びに行った。
門が開き、護衛を引き連れた男が現れる。
その男の値踏みする冷徹な目を見て、理解した。
――神と話していた時と、同じだ。
この世界では、結果=真実。真実=裁き。
過程は問われない。感情や説明は不要。
ここは都市ではない。巨大な法廷だ。
そして、この世界で価値がないのは――
「理由」と「過程」だった。




