第13話 貧民街
翌朝、紫がかった朝日が昇った。眠れたのは1時間ほどだ。
今日、無事に法廷へ辿り着けるのか。
護衛を頼もうとアンガスの部屋を訪ねたが、不在だった。
ギルドの依頼を奪い合う冒険者の朝は、日の出より早い。
支度をし、外套のフードを深く被った。
護符とメモ帳、ナイフを確かめ、ポケットに押し込んだ。
念の為、いつもと違う道を選んだ。
貧民街の中でも危険な区域を抜けることになるが、
襲撃者も踏み込みにくいはずだ。
朝日も届かず、湿気がこもっている。
雨もないのに地面はぬかるんでいる。
通路にはごみが無造作に散乱している。
早足で抜ける。背後に追跡の気配はない。
横目に、小さな子どもが倒れているのが見えた。
紫がかった顔に、尖った耳。人とは違う種族かもしれない。
急いでいたのに、足を止めてしまった。
「大丈夫?」
覗き込むと、焦点の合わない目がこちらを向いた。
反応はない。そのまま立ち去るのも憚られたので、
携帯食を差し出した。
その子は、驚いた表情を浮かべた。
服も顔も煤まみれだが、よく見ると女の子のようだ。
軽く笑みを受け、その場を立ち去った。
貧民街の出口が視界に入った頃、追跡の気配に気付いた。
先程の女の子だ。中途半端な善意は失策だった。
物陰に隠れながら進んでいるつもりらしいが、
大人の視点からは丸見えだった。
貧民街の外には出て来ないだろう。更に歩調を上げた。
細かい雨が降り始めた。
貧民街を抜け、魔法工業区域に入った。
炎、水、雷、それぞれの魔法が轟音を上げている。
轟音の奥に金属が擦れる音が混じっていたが、
気にも留めなかった。
振り返ると、大男が構えた大斧を振り下ろそうとしていた。
体を引き護符に手を伸ばすが、間に合わない。
ーー斬られる。
襲い来る痛みに身を固めたが、男は急に口を緩め、
虚な表情になり地面に倒れた。男の血が地面に広がった。
首から出血している。いつの間にか首を斬られている。
何が起きたのか理解できなかった。
「大丈夫だった?」
振り向くと、さっきの少女が立っていた。
状況は飲み込めないが、少女のナイフを見て察した。
「…君が助けてくれたの?」
「うん」
「ありがとう」
「さっきのお菓子のお礼」
お菓子1つで命を拾ったと思うと、妙な気分だった。
少女の右手をもう1度じっくり見ると、
古びた小さな果物ナイフだった。
これで大男を一瞬で絶命させるこの少女は何者なのか…?
「どこに行くの?」
「法廷。俺は弁護官で、今日裁判があるんだ」
「あたしも付いて行っていい?」
護衛は必要で、かつ既に1度命を救われているのだから
大抵のお願いは聞くしかない。
「いいよ。あと、この死体どうしたらいい?」
小さな女の子に聞くより自分で判断すべきだが、
今は頭が回らない。
「放っていい。スラム近くだから、すぐ全部回収される」
少女は死体から財布を抜き取りながら言った。
彼女にとって、生死は日常の延長なのだろう。
「あたしの名前はケイ。よろしく」
聞きたいことは山ほどあった。
名前は優先順位の低い項目だった。
「俺はユウヤ。よろしく。
法廷に行く前にまずは服屋に行こうか」
「服を買うお金なんてない」
「助けてもらったお礼にお金は出すから大丈夫」
ケイは心底嬉しそうな表情を浮かべた。
「ありがとう!服を買うなんて初めて!」
貧民街は過酷な環境だと聞くが、
この少女はその中でも異質なのだろう。




