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Q町と近郊の散歩道──秋宵のセピア色の一葉追憶

 穏やかな秋日和の好天が続いて、空もたまには吹子の把手を押してみたくなったのか、小糠雨まじりの強い夕風が吹いていた。市道に連なるの明かりの中で雨は、縦、斜め、波の線、と気まぐれな細い雨足を描いていた。傍を母子らしきが足早に追い抜いて行った。黄色のレインコートを着た女児は、母親にぴったりと寄り添って、母親の大腿あたりのスカートの端を掴んでいた。母親は片手に傘、別の手で女児の頭のフードを押さえていた。彼女は吹きまくる風が弄ぶ傘の態勢を立て直し、また立て直しして防戦一方だった。

 二人は分譲住宅地の一画へと入って行った。出入り口に〈防犯パトロール実施中〉の幟が風になぶられて、ぱたぱたとハタめいていた。その側に、タウンハウス・コンクールでご褒美をもらった、と黒文字で印字された銀地のプレートが、雨滴を面にしたたらせて男前に立っていた。風は吹き止まなかった。小雨も降り続いていた。域内の道の中ほどを歩く母親は、「玄関はもうすぐそこだから」そんな感じでいまはもう傘をさしていなかった。母子の歩く雨に濡れた道の、真ん中辺りだけが外灯の明かりに照り映えて、帯状に区域の奥へと道案内するかのように長く続いていた。

 道奥に密集する家々の居室は、大きめのガラス窓が多用してあった。そこから洩れる窓灯りの色は、夕雨が小粋にフィルターを掛けて、燈籠の燭光の色にも似ていた。あるいは、「このタウンハウスは、かの有名な──の建築スタイルを踏襲してましてね」などと分譲受付時の現地説明会では、案内の社員の口から物件紹介もあったかもしれない、と見受けられた。が、今はそんなセールストークも晩秋の夕闇の手が口塞ぎするかのようで、住宅の意匠は均一に雨まじりの暮色にまぎれて寡黙だった。


 雨は上がった。けれどK町十字路交差点の路面はいまだに濡れていて、付近の道灯りをまだらに映し浮かべていた。餃子の王将、讃岐うどん、ローソン、すき家、──などの店頭駐車場に車はまばらだった。道走る車は車間距離を十分に取って行き交っていた。付近に人影は一つ、道先に二つだけ、そして、夜空には「まるい、おおきな、おつきさま」が一つ、というふうで、いまは昼の十字路交差点のざわめきは静まり返っていた。

 歩き続けるうちに国道を行き交う車はさらに間遠になっていった。道路両脇の家屋もポツリポツリになった。この道を行くときは、長い散歩の折り返し地点として、いつも縦貫道入り口手前のローソンで一服することにしていた。農地にせり出して土盛りされただけの建築事務所の駐車スペースに、グレーと赤の車とが二台、「しかるべく我が領分を主張する」そうとでも言いたげに陣取って駐車していた。場内の篝火の色にも似た夜灯が、だだっ広い農地のその一区画だけをぼーっと赫く照らし出していた。そこから目先に拡がる農地や野原のずっと向かうの高台に、新興住宅地の灯火が帯状になって群れて見えていた。背後の丘陵の樹々の緑葉や紅葉の色は、いまはその辺りを覆う夜気にまぶされていて判別できなかった。しばらく目を凝らしていると、ちらっと脳裏を掠めた情景がひとつあった。通り過ぎて、すぐ近くのローソンの飲食スペースでカップコーヒーを飲みながら、改めてそれを思い起こしてメモした。

 ──おそらく十年以上も前、何処かの書店の雑誌に、ほんのつかのま垣間見ただけのその写真は──例えば邸の門外の丈高い松の木の葉叢に潜む夜盗が、ひそかに門内を俯瞰して覗き見る、といったふうのアングルで撮られていた。それはたぶん中国映画の古装片(時代劇)のスチール写真の一枚ででもあったのかもしれない。画面の下端には黒く波打つ屋根瓦が写っていた。その屋根越しに見る中庭には、葉を繁茂させた大樹が立っており、石畳に樹影を色濃く落としていた。画面の上部、庭の奥の母屋の庇はたしか四本の朱塗りの丸柱で支えられていた。時は夜、場所は支那の何処か──時代は現代ではないのは確かだ。母屋からの灯明を逆光にして扉口に立つ顎髭の長い老人は、いにしえの墨画の人物像にお馴染みのローブのような漢服を着ていた。その彼よりも一段低く庭に立ち、あるいは暇乞いでもしているかのように対面している女人の後ろ姿もまた、肩から足先までの長い着衣だった。──


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