第9話 「メイドカフェ、始めます」
天童星児のリベンジ葬式から一週間が経った。
凛音たちは窮地に追い込まれている。
霧子が議長になっての緊急会議が始まった。
「今月中に出て行け、って。無茶な話ですだ」
「仕方ありません。この離れも抵当に入ってるのですから」
霧子が調べたところ、清流院家は巨額の借金を抱えているようだ。
不動産は真っ先に差し押さえられた。
見すぼらしい離れの寄宿舎さえも、赤札の対象だ。
凛音たち9名全員が、来月から寝る場所もなくなる事態だった。
凛音なりに考えてみた。
まず最初に考えたのが、自分が予定通り天童家に嫁入りして助けを求めること。
この案には、小梅や霧子だけでなく女中全員が反対した。
「ひい様も見たですだ?昼間っから、刀を振り回す連中ですだよ。また、発作起こして倒れてしまいますだ」
凛音が卒倒したのは立ち回りにショックを受けたから、だと小梅は思っている。
「祝言のあと籍に入れる予定でしたから、今ならなかったことにできますし」
「お嬢様には、もっといいご縁談がありますよ」
却下された。
次に考えたのは、その別の縁談を進めること。
だが、それには時間がかかり過ぎる。
(それに、どっちも他力本願じゃね?もっと達成感のある解決策を……)
「んん。こうなったら、みんなでお金を稼ぐしかないね」
「おや?結局、吉原行きですか?」
「それはダメ。春より夢を売らなきゃ。あーし…私たちで商売を始めてみたらどうすかね?たとえば飲食業とか?この一週間女中さんたちが作ってくれたゴハン、おいしかったし」
もともと女中には、特技に応じた役割分担がある。
炊事・買い出し担当の鈴木みつえは、独学で洋食を作りこなす。
同じく佐藤栄子は、和食が上手。
このふたりに厨房を任せておけば、飲食店はできないこともない。
「悪くはないですけど、東京に飲食店はゴマンとあります。すぐに稼げるほど、甘い世界ではありませんよ」
「差別化…ほかのどの店もやってないお店にするんっすよ。例えば銀座にあるようなカフェ……」
「カフェ?」
「…なんだけど、昼間はみつえちゃんが作るような洋食も食べれて、夜は栄子ちゃんの和食をつまみながら一杯飲めるお店、とか?」
女中たちが目を輝かせる。
カフェはモボやモガが集う、大正時代の庶民の憧れのスポットだ。
そこで働く女性の給仕「女給」もまた、憧れの職業の一つだった。
「え?うちらも、女給さんになれるんですか?」
「きれいなおべべ(服)着れるんですか?」
双子の姉妹、山田花・蝶子が身を乗り出す。
(この双子ちゃんたちのウエイトレス、きっとバチクソ可愛いよお)
何軒かのカフェを覗いてみたが、女給の制服はだいたい着物にエプロンだった。
そこから差別化したい。
イメージする。
やはり、何と言ってもメイド服だ。
(そうか。メイドカフェにすればいいんだ!)
そう言えば、ひとりメイド服の女中がいたっけ。
「ね、久美ちゃん。あのメイド服ってどこで買ったの?」
「……あれは買ったのではなく、自分で作りました」
洗濯・裁縫担当の高橋久美が、俯きながら答える。
「あれ、超カワイイよね。全員分、作れる?」
「……材料があれば」
「やったあ!」
他の女中も着てみたかったのだろう、ワクワクを隠せない。
「だども、肝心のお店はどうすんだすか?あだすら、この離れも追い出されるだで」
「……ないこともないですね」
「霧子さん。アテがあんの?」
「この間、本城くんが勤める新橋の帝都新聞社に行ったのですが……」
帰りがけ、新聞社の向かい側のテナントが工事をしていた。
「長寿庵」の看板が外される。
「なに。あの蕎麦屋、店閉まいするの?美味しかったのに」
「ああ。安くて味もよかったんだが、なにせここらへんはハイカラな店ばっかだろ。蕎麦屋じゃ賃料も払えないからって、店を畳むらしいんだ」
「それは、残念ね」
「ま。俺としては、きれいなオネーちゃんのいるカフェでもできてほしいがな」
「銀座とまではいきませんが、新橋も人通りの多い場所です。あそこを借りられるのなら、渡りに船ですけどね」
(なんというタイミング。そこだよ。そこしかない!)
「でも、店舗を借りるにしろお金が要りますしね」
「銀行から借りらんない?」
前世ではただのJKだった。
メイドカフェでバイトしたことはあったが、経営の仕方などわからない。
ただSLゲームでなんとなくは知っている。
そのゲームでは、確か最初に銀行から運転資金とやらを借りて始まるはずだ。
「無理。清流院家は、その銀行から差し押さえられているんですよ」
「……」
「清流院家ではなくて、清流院麗華に対してですわよ」
いつの間にか、誰かが入ってきている。
霧子と小梅が思わず立ち上がる。
「雅さん?どうして、ここに?」
「雅奥様。お久しぶりですだ」
(ミヤビ……あ、先代の妹、つまり凛音の叔母ちゃん?)
以前戸籍抄本を見ているとき、霧子から説明を受けた。
「天童家と清流院家の縁談を勧めてきたのは、お嬢様のお父上・時貞さんの妹の雅さんです。これに麗華夫人は反対しました。天童星児が跡取りになっては、自分の立場が危うくなるからです。でもだからこそ、雅さんはこの縁談を強行したのです。おふたりには深い確執があるんです」
青いワンピースの上からレースのカーディガンをまとい、クロッシェ帽をかぶっている。
麗華が大時代的な鹿鳴館風なのに対して、雅は最先端のモガ風だ。
凛音も立ち上がって、お辞儀をする。
「あ、あの。はじめまして。あーし、清流院凛音っす」
「はじめまして?……あら、ほんとに記憶喪失なのね。リンのことは17年前から知ってるけどねえ。うふふ」
憶えてないことを怒るでもなく、軽口で返す。
麗華と違って、このひとは感じのいい親族だ。
凛音は本能的に判断した。
つづく
楽屋裏の会話
「ねえねえ。霧子さんって、本城さんとどーゆー関係なの?」
「なんか裏設定では、本城くんは私に片想いしているが私は全く気付いてない、らしい」
「じゃ、じゃあ、本城さんは…どМ?」
「私もSじゃねえわ!」




