第7話 「ヤクザの看板」
(なあんも起きそうにないね)
凛音がうとうとしかけたとき、天童邸の門前に騎馬隊が現れた。
喪服ではなく軍服姿の男達だった。
ひらりと馬から降りた中尉の肩章を付けた男が言う。
「陸軍憲兵隊の西園寺中尉だ。これより査察を執行する。憲兵、現状報告をしろ」
「は!」
さっきまで玄関前で身体検査をしていた憲兵が、西園寺の前で直立して敬礼をする。
「ほう。華族軍人までお出ましとは、これで少しは記事にできるかな」
「え?華族なのに軍人なの?」
凛音が新聞記者に訊く。
「伯爵令嬢なのに、知らないのか?」
「このお嬢様は、ちょっと記憶が飛んでるのよ」
「華族ってのは、そもそも天皇家を守るための階級だ。中には軍人になる華族もいるわけさ。あの男は西園寺と名乗ったから、おそらく公望侯爵の血縁だろうな。しかも憲兵隊の中尉というから、華族にして警察の偉いサンってとこだな」
遺体が棺から飛び出し、上原の喉にドスを突き付けたまま背後をとった。
上原組の若衆が反射的に身構える。
「野郎!」
懐に手を入れるが、短刀は玄関先で憲兵に没収されている。
さらには、若衆それぞれが天童組組員に背後を取られ腕をねじ上げられる。
「道具を配るぞ。そら」
棺の中に隠した日本刀や短刀を、星児が組員達に放り投げる。
さすがに棺桶の中までは、憲兵たちも確認しなかったのだ。
武装した天童組と拘束された丸腰の上原組。
その構図が完成した。
「おい。どうなってやがんだ?若頭」
参列した吉岡が江田島を睨む。
「お歴々には無作法を詫びさせていただきやす。実はこの葬式は茶番、ネズミ捕りなんでさあ」
「ネズミ捕り、だと?」
「へい。三日前、二代目の祝言の最中に天童組がカチコミを受けた件は、お歴々もご存じかと思いやす」
ほかならぬ江田島が、吉岡組と増田一家に直接説明したからだ。
「ああ。だが、あれは大吉一家のしわざだ、とおめえも言ったろうが」
増田が口を挟む。
「いえ。襲ってきた連中がそう名乗っただけで、大吉さんは濡れ衣だと思いやす」
「ほう。つまり、そこな上原が真犯人だと言うのかい?」
「ざけんな。こっちこそ、濡れ衣だぜ。何を証拠に……」
吠える上原の前に、ある物が放り投げられた。
「二代目 天童組」の看板だ。
「そのときに奪われた組の看板が、上原の組事務所から出てきやした」
上原はぐうの音も出ない。
(くそう。こいつら、どうしてこれを?)
「納得のいかねえ顔してるな」
心中を読んだように、星児が補足説明をする。
「あの祝言は友好団体である三組にしか通達はしていなかった。無論、大吉一家には何も報せていねえ。つまり容疑者は大吉一家じゃなく、ここにいる三組だけなんだ。ただ吉岡組と浅草増田一家は、俺が死んでも得することは何もねえ。唯一縄張りが隣り合ってる朔月会上原組だけが得をする。はなから俺は、あんたを疑ってたんだ。だが、確証はねえ」
「……」
「そこで俺は、医者と江田島に『俺が死んだことにしろ』と命じたのさ。上原組を泳がすためにな。そしたら案の定、おめえらが動いた」
二日前。
危篤状態だった天童星児が死んだ、という報せが上原組に届いた。
「やっとくたばったか。よし。もう看板に用はねえ。どっかで燃やしてこい」
上原は子分にそう命じたあと、勇んでどこかへ出かけた。
看板は組のメンツそのものであり、象徴である。
その象徴を奪われるということは、この渡世でメンツを失うことを意味する。
蘇生した場合には、この看板を盾に取って二代目を引退に追い込むつもりだった。
だが本人が死んだ今、ただの板切れだ。
いや、自分たちの陰謀の証拠となってしまう。
「檜の板だな。これ、簡単に燃える代物じゃねえぜ」
看板の重要さがわからない三下たちは、近くの畑で野焼きをしている農夫たちに押し付けた。
「おい、百姓ども。いいもんやるよ。焚き木にするなり切ってまな板にするなり、好きに使え」
組事務所の周りには江田島の命を受けた組員たちが見張っていた。
それぞれが学生服を着たり、物乞いの扮装をしたりして。
三下たちが去ったあとで、組員は百姓に金を握らせて看板を買い取ったのだ。
「ただひとつだけ、わからねえことがあった。俺を撃った、南部式拳銃だ」
この時代はヤクザと言えど、拳銃やライフルを手に入れることは難しい。
銃器類は国策として、軍部が徹底管理しているからだ。
「おい、上原。おめえらはどうやって、あの拳銃を手に入れた?」
「……拳銃?何の話だ。さっきからおめえが何言ってんのか、さっぱりわからねえよ」
「まだしらばっくれる気か?」
上原の喉に突きつけた刃物をクイと動かす。
表皮が切れて、血が流れる。
「くそが!そんなもん持ってたら、今この場でぶっ放してやるぜ!」
「残念だな。表じゃ憲兵たちが身体検査をしてるんだ。拳銃なんて持ち込んだら……」
はたと思い当たる。
(なるほど。そういうことか)
星児が上原を引っ張っていく。
「若。どこ行くんですか?表には、官憲どもがウヨウヨいるんですぜ!」
「江田島。おめえらもついて来い。その官憲に用ができたんだよ」
「屋敷の中から、誰か出てきたぞ!ん?んんん?」
本城が望遠鏡を覗きながらが唸る。
上原が、スーツ姿の男に連行されている。
「え?まさか、幽霊?天童星児の」
凛音たちも窓から身を乗り出す。
化粧をしているせいか、目鼻立ちがよりくっきり見えるハーフ顔だ。
(やっぱり生きてた。わあ。実物のビジュも良き〜)
そのいでたちは、白いスーツにハイカラの語源となった高いカラーの青シャツ、しゃれた中折れ帽……モボ(モダンボーイ)の服装。
手に持った物騒な短刀さえなければ、ファッションモデルだ。
(あれが、私の…いや、凛音の旦那様?)
ドキドキしてきた。
胸の鼓動が止まらない。
立ち上がる。
階段に向かって走り出す。
(え?あれ?体が勝手に……)
一目散に階段を降りていく。
「ひい様。どこへ行くだ?あ、眼鏡、帽子」
小梅が、ちゃぶ台に忘れたロイド眼鏡と帽子を持って追いかけた。
つづく
凛音「前回今回と漢字多いよね?」
霧子「それが?」
凛音「このサイト漢字多いと、読者逃げるんだって」
霧子「まあ。感想も書けない方たちですから」←霧子の見解です
小梅「むお。次回は全部ひらがなだすか?」
霧子「逆に読みづれえわ」




