第5話 「政略結婚」
(私は誰かに推されたことなんて、ない)
令和での自分を思い出す。
地下アイドルのメンバーになった。
ちょうどギャル枠が空いていた、という単純な理由だった。
歌や踊りを審査されたわけではなかった。
いわゆる、数合わせ。
ところが、注目されてしまった。
推されたわけではない。
悪役。
ギャル語を多用して、ときにはメンバーに毒を吐いたりした。
自分だけがテレビにも出るようになって、調子に乗った。
メンバー全員から疎まれた。
楽屋やステージで、陰湿なイジメに遭った。
SNSに誹謗中傷が載った。
―ファンを喰ってるっぽいよ。汚ギャルだしね。
―あの子を道玄坂で見かけた。中年男からお金を貰っていた。
―夢を売らずに春を売るアイドル…草。
そして、自分は…。
女中たちを抱きしめる。
この子たちを、あのときの自分にしてはいけない。
事実無根の誹謗中傷ですら、ひとはあんなにも傷ついてしまう。
事実化してしまったら、立ち直ることなどできないだろう。
(春を売る、なんて絶対ダメ!売るんなら…夢を)
「おいおい。浪花節はもうそのぐらいでいいだろ。さあ。おめえら、さっさと車に乗れ」
女衒が水を差す。
「いいえ。乗りません!」
「あんたじゃねえよ、お嬢ちゃん。この連中だけだ」
「この子たちは伯爵家の女中なんです!私は、この子たちの主人です!」
「はあ?伯爵かなんか知らねえが、あんたまだガキんちょだろうが」
「いいえ。間違いなく、その方が清流院家の今の当主ですわ」
霧子が割って入ってきた。
「な、なんなんだよ、あんたは?」
「私は、清流院家の秘書兼お嬢様の家庭教師です。ここに凛音様の戸籍抄本があります」
鞄の中から書類を取り出す。
「ここには、戸籍主が亡くなったお父上・時貞様から凛音様に移された、と書かれています。家名存続を優先する華族の世界では、血縁さえあれば何歳であろうと当主として認められるのです」
立て板の水の説明に、女衒たちは口出しできない。
「さあ。今度はそちらの番ですわね。この子たちを拉致する根拠を見せてください」
「小難しいことはわからねえが、要するにこいつらは親の借金のカタなんだよ!」
「だとしたら借用書の連帯保証人欄に、この子たち6名の署名と捺印がなければ成立しませんわね。見せてください」
女衒が仲間たちとひそひそ話を始める。
この時代は往々にしてあることだが、おそらくずさんな書類しか持ってないのだろう。
「どうしました?借用書!」
「いや。持ってきちゃいねえよ。今度はちゃんと用意して、こいつらを連れていく。だから今日のところは、帰ってやるぜ」
「ち。とんだ無駄足だぜ」
捨て台詞を残して、女衒たちの馬車は屋敷を後にしていった。
事の成り行きがわからず戸惑う女中たちに、霧子が言う。
「あなたたち。こんなとこにぼーっと突っ立てないで、さっさと離れにお戻りなさい」
娘たちはぱっと顔を輝かせて、寄宿舎に走って行った。
「清流院凛音って、こう書くんだァ。華族っぽ~。かっけえ!」
先ほど霧子が女衒たちに見せた戸籍抄本の自分の姓名を見て、凛音が大声を出す。
夕方。
凛音と霧子、小梅が外のベンチで話をする。
「お嬢様。それも忘れてたのですか?」
「セレブっつーか、エレガントっつーか。キラキラが尊過ぎて、逆に草」
「……ときに、その言葉遣い、いったいどこの方言ですか?」
「あえて言うなら、ギャル弁っすね。あれ?でも私って、天童家に嫁いだんじゃないの?清流院のままだけど?」
「養子縁組ですよ。苗字が変わるのは天童の方です」
「養子?」
「政略結婚なんですよ。破産した清流院家は天童の男の血筋とおカネが欲しい。天童家は伯爵の爵位が欲しい…お互いの利害が一致したわけです」
「え?でも自称母様は、この縁談に大反対って。あ!あのひと、私のママじゃなくね?」
戸籍では凛音の実母は「詠」という女性になっている。
しかも「非嫡妻(妾)」。
清流院家から外されている。
「それも聞かされてないのですか?お嬢様の生みの親は詠さんですが、庶民だったから嫡妻(正妻)にはなれなかったんです。麗華さんは子爵の出で、あなたの継母ですよ」
「継母?悪役フラグ立ってんじゃん」
「また、聞いたこともない方言……あら?」
門前に男の姿があり、こちらに近づいて来る。
「お嬢はここでしたか。屋敷がもぬけの殻で、捜しやしたぜ」
「誰だす?さっきの人買いの仲間だすか?」
今にもがぶり寄りを仕掛けそうな小梅を、すかさず凛音が制する。
「小梅ちゃん、大丈夫。この角刈りの人は、星児さんの身内だし(名前は忘れたけど)」
「明後日、本宅で二代目の葬儀を執り行いやす」
「そう、すか」
「つきましては……」
「葬儀?ヤクザたちが集まるのでしょう?ダメです。お嬢様をそんな危険な場所には行かせません」
いつの間にか霧子も、凛音を守る姿勢を見せている。
「はい。あさっては絶対に、天童の屋敷に近づかないようにしてくだせえ。あっしは、それを言いに来ただけなんでさあ」
「は?」
「いいですね。絶対に近寄らねえでくださいよ」
本当にそれだけ言って、江田島は帰って行った。
(お笑いだと『絶対近寄るな』は『来い』のフリだよね?)
「お嬢様。今のあの顔見ましたか?」
「ああ、うん。立派な角刈り…」
「違います。あれは、喧嘩をするときの極道者の表情です」
「……」
「天童組は葬儀の場で、何かおっぱじめるつもりですわ」
つづく




