第41話 「不意打ち」
「坂崎さまは、どのようなお仕事をなさってらっしゃるのでしょうか?」
「…職業って言えるかどうかわかんねえが、まあヤクザだよな」
仲人役の星児が、坂崎の尻をつねる。
「いて!何しやがる」
「おめえはバカか?華族のお嬢様がヤクザと見合いするわけねえだろ。失礼。彼は現在、人材派遣業の取締役を務めております」
仲人の訂正に坂崎はピンとこない。
「人材派遣って何だよ?」
「おめえんとこのシノギは的屋だろうが。祭りや巡業のとき屋台を出させてんだから、人材派遣業でいいんだよ。組長は代表取締役だ」
「そういうもんかよ。じゃあ、それだ。あんたは、女学生だっけ?」
「はい。誠心女学園の最上級生でございます」
「ふうん。で、卒業したらどうするんだい?」
「やはり、然るべき殿方と結婚をして家庭を守れるよう精進しようかと…」
「ダメ!そんなの」
今度は女性側の仲人からダメ出し。
「あら。なぜですの?」
「時代は変わっていくのよ。華族だって女性だって手に職を持たないと、時代の荒波を乗り越えることなんてできないのよ!」
凛音の体験談だ。
(せっかく伯爵令嬢に転生したのに、働きづくめって……優雅な甘い生活はいつ来るのよ?)
泣きそうだ。
「まあ。平塚雷鳥先生のご持論ですわね」
平塚雷鳥は大正時代の女権論者だ。
女性の権利と自立を唱えた、日本でのジェンダー平等の先駆者ともいえる。
「女性の権利を主張するからには、女性もまた社会に対して責任を負わねばならない。そう言えば凛音さんの今の生活は、まさに雷鳥先生の理にかなってますわね」
「でしょでしょ…(らいちょう、知らんけど)」
「さすが、わたくしのライヴァルですわ。おーほっほっほ」
「なんであんたが威張るのよ。さ、続けて」
「坂崎さまのご趣味は、何でございましょう?」
「ああ。そらやっぱ、バク…」
つねる。
「統計学の研究です」
「てえな、いちいち。トーケーガクって?」
「丁半博打は確率の問題だ。統計をとって、その確率を確かめるために賭けるから統計学だ。ほら。相手の趣味も訊け」
「もう、おめえがやれよ!」
「うふふ。おふたり、本当に仲がよろしいんですわね。微笑ましいですわ」
「誰が、こんなでくの棒と!」
「俺は好きだぜ。ちっちゃくてかわいいし」
(え?小百合ちゃん、このちっちゃい男のこと…BL?ブロマンス?いや。中身は女なんだからノーマル?)
だがこの時代に、男に対しての「かわいい」は侮辱でしかない。
「……てめえ。もう我慢ならねえ。表に出ろ!さっきの続きだ」
と、邪魔が入った。
「親分!てえへんだ」
さっきの護衛の子分が、店内に飛び込んできた。
(親分、てえへんだ、を初めてナマで聞いた)
凛音がええもん聞いた、の顔になる。
「どうした?」
「総長が、おやっさんが吉原で襲われやした!」
「なにい!」
この日も大川は、吉原の二階の客室で按摩を受けていた。
彼の身体は酒を受け付けない。
かと言って、女遊びにも興味はない。
ある意味、禁欲的だった。
贔屓の松千代が、按摩をしながら訊く。
「辰さんが、楽しいとかしあわせだって思えるのはいつなんです?」
「難しいこと訊くなあ。そうだな。ウチの子分どもがしあわせそうな顔してたら、それが俺のしあわせってやつなんだろうな」
「あらあら。子分まかせなんですね?」
「俺ら夫婦にゃ子どもがいねえ。俺の子分たちはまっとうな世間の中じゃ、どうしようもねえボンクラどもさ。一家だの組だのに入ってなきゃ、いつ野垂れ死んでもおかしくねえ野郎ばかりだ。そんなやつらでもよ、少しでもしあわせを感じたんなら嬉しいじゃねえか」
「……辰さんらしいですね」
そんな話をしていた時だった。
階下からドタバタと音がする。
「おい。大川辰吉はいるか?」
「隠すと身のためにならねえぞ」
(しくった。今日は子分を、沢村のとこに行かせてる。用心棒も連れて来てねえ。しゃあねえ)
立ち上がって身支度をする。
「お松。ここを離れるな。絶対に下には降りるなよ。ほかの芸妓たちにも伝えろ」
刀掛け台に置いてあった日本刀をとると、大川は二階の窓から外に飛び出した。
猫のようにすたっと地面に着地する。
さっき大声を上げていた連中の背後に降りたようだ。
(店に迷惑かけるわけにゃいかねえ)
くるりと踵を返す。
「おい。大川辰吉がどうしたって?」
喧嘩支度を整えたヤクザ達が振り返る。
十人はいるだろう、と目算する。
「あ。てめえ、大川だな?」
「ああ。俺が大吉一家総長の大川だ。逃げも隠れも……するがな」
脱兎のごとく駆け出す。
「逃げたぞ。追え!」
ヤクザ達全員が大川を追う。
(この先を曲がれば小路だ。大勢じゃ走れま……)
小路の手前に人影。
いや、数十人のヤクザ達が待ち受けていた。
「おう。賞金首が向こうからやって来たぞ」
男たちが刀を抜き始める。
うしろは見るまでもない。
(ち。挟み撃ちか)
覚悟を決める。
生き残るための覚悟を。
つづく




