第4話 「グレードダウン」
おぶられたまま、大邸宅の玄関に向かう。
(あら?なんかやってる)
玄関先には、荷馬車や大八車が数台駐められている。
ソファや戸棚などが、それらの荷台に積み込まれていく。
家具には、何か赤い紙が貼られているようだ。
「あれえ?お引越しでもするんすか?」
「まずい!」
力士女がくるりと踵を返す。
離れにあるみすぼらしい建物へと、凛音を運んで行く。
建物の中で降ろされた。
小さな台所とトイレがあるだけの、使用人用の寄宿舎だ。
「お屋敷は立て込んでるみでえなので、ここで辛抱してくだせえ」
木製の長椅子に座る。
「あのう。あなたのお名前は?」
「ああ。ほんどに昔のこと覚えでねんですね。あだすは、あなた様のお世話係の田中小梅ですだ」
小梅?
いや、ちっちゃくねえし。
だがよく見ると、顔や髪のつやは同じ十代の娘なのかもしれない。
体も顔も手足も丸っこくて、国民的アニメのキャラクターっぽい。
(かわよ。ある意味『小梅ちゃん』で合ってんのか)
「小梅ちゃん。お世話係ってのは?」
「はい。ひい様が朝起きた時お着換えを手伝って、朝ご飯を食べさせて、女学校にお送りして……」
「女学校?あーし…いや、私学生なの?」
「んだ。誠心女学園の中等部5年生ですだ。ひい様は清流院家のご令嬢らしく、成績優秀、運動も活発、学園の人気者ですだ」
(ええ?ハードル高え!じゃ、あーしこれから名家のご令嬢演じなきゃ、ってこと?こわ)
「じゃあ、明日からまた学校に?」
「いえいえ。ひい様は縁談が決まったもんで、女学校は退学されましただ」
ほっとする。
「んだども破談さなっだので、奥様の話ではこれからまた花嫁修業を……あ!」
小梅が立ち上がって、窓の外を凝視する。
「あいつらあ!」
言うなり、小梅が小屋を飛び出して行った。
「ん?どしたどした?」
窓外に一部始終が見えた。
行李を背負った女性たちが数名、屋敷を出て行くところだ。
先に行く者は、荷馬車の荷台に乗り込んでいる。
小梅が叫ぶ。
「あんだら。おひい様がお帰りだってのに、なんで挨拶もしねえで…」
「小梅。仕方ないんだよ。あたしらすぐにでも、って言われてんだから」
「だども、ご挨拶ぐれえ…」
しばらく言い合いが続く。
旅館のの仲居さん風の女性たち、洋風のメイド服の女性もいる。
「ん?あの人たちが、お母様が頼りなさいって言ってた…女中さん?」
凛音のひとり言に背後から反応があった。
「今日までは、です。明日からは、赤線の女郎ですよ」
振り返ると、眼鏡をかけた盛り髪の女性が立っていた。
黒い服を着て、キツそうな目をした女性。
誰かに似ている。
(あ。ハイジを「アーデルハイド」って呼ぶ人だ、誰だっけ、えっと…)
考え込む。
「あら。私の顔をお忘れですか?記憶喪失というのは本当みたいですね。私は中村霧子、あなたの家庭教師です」
(そう。ロッテンマイヤーさん、だ。となるとやはり…意地悪家庭教師?)
おそるおそる質問。
「あのう。アカセンのジョローって何すか?」
「あら。記憶喪失というのは常識まで忘れるのですか?それとも深窓の令嬢は、売春なんか見たことも聞いたこともございませんわ、とでも?」
「ば、売春?ここの女中さんたちが、明日から売春を始めるって言うんすか?なんで?」
霧子が顎をしゃくって、窓外の別の景色を示す。
さっきの玄関先だ。
「あの赤い札は差し押さえ令状です。この屋敷は借金のカタに、人手に渡るのですよ」
「……」
「清流院家は、事業に大失敗して破産したのです。没落華族、ですわね」
「は、破産?」
SSRがR、いやN以下にグレードダウン?
「当然、召使いなんて雇う余裕もないから全員クビです。女が職場をクビになったら、吉原の赤線で身を売るしかありませんよ。まあ、伯爵令嬢には無縁の話でしょうが」
「……」
前世の自分は、歴史の勉強をちゃんとしてこなかった。
この時代のことは「大正ロマン」とか「竹久夢二の美人画」とか「モボ・モガ」とか、華やかないい時代くらいにしか思ってなかった。
だが歴史の裏では、売春目当ての人身売買が公然と行われていたのだ。
「かく言う私もクビです。まあ、私は田舎で小学校の教師でもやりますけどね」
霧子が足元に置かれた革の鞄を手に取る。
「ご挨拶だけはしておこうと思いまして。お嬢様。これからも勉学に励……」
「そ、そんなの……」
「?」
「そんなの、絶対にダメっす!」
霧子が止める間もなく、凛音は飛び出して行った。
(おやおや?お嬢様、おかしくなったのは記憶だけではなさそうですね)
「おいおい。でっけえの。こいつらは今晩にも働いてもらうことになってんだ。邪魔すんじゃねえ」
女衒と呼ばれる人身売買の手配師が、小梅の前に立ちはだかる。
「邪魔なんかしねえだ。ただ、おひい様に挨拶する暇ぐれえくだせえ。あんだらだって、ひい様には世話になったはずだべ?」
小梅に言われた女中達が俯く。
「ひい様はお優しい方だ。お古の服を分けて下さったり、あだすらのためにわざと夕飯を残したり、読み書きを教えて下さったりしたべ?」
涙を浮かべる娘もいる。
「だから、さよならだけでもおひい様に……」
「ちょっと待ったア!」
そのひい様が駆けて来る。
「おひい様!」
「お嬢様!」
荷車を降りて、女中たちが凛音を囲む。
「ひい様あ~!うち、行きたくないですう」
「お嬢様と離れたくないよお」
抱きついてくる。
別れを惜しんで、泣いている。
(え?なに?凛音って子は、こんなにみんなに推されてたの?)
全身から何かが湧き上がってくる。
感動、というやつだった。
つづく
☆や感想を頂けると幸いです。




