第38話 「運命の出会い」
晩餐室では、食後の紅茶が運ばれてきている。
「それからわたくしは、侑李さんがお家にいらっしゃるたびに、胸をときめかせながらお話をしましたのよ。それそれはもう、夢見心地でしたわ」
「で、で、で。向こうは、叔母様のことをどう思ってたの?」
「……親友の妹、でしたでしょうね。ただ、それでもよかったのです。わたくしはあの方に恋している間、ずっと幸せでしたから。わたくしの初恋はついぞ実ることはなく、あの方は別の女性と結婚なさって今の星児さんがあるのよ。それもまた、素敵な事ですわ」
「侑李さん…父はロシア人と日本人のハーフ、だったんですね?あ、失礼。いまの俺は、そんなことすら覚えていないもので」
「もしかすると、ロシアの血の方が濃かったかもしれませんわね。あの青い瞳の中にあった寂しさは、故国ロシアへの郷愁だったのかしら」
「でもさ。慶応まで行って華族と親友になるような人がさ、なんでヤクザになっちゃうの?」
「ロシアの血、だよ」
「はい?」
「天童侑李の転換期は、明治37年(1904年)に始まる日露戦争ですね?」
「ええ。今から18年前ですから、星児さん、あなたはまだ小学生でしたわ。軍医だったあなたのおじい様とおばあ様はロシアに帰国されたの。そして、侑李さんと奥様の千景さん、あなたが日本に残った。でも当時の日本国民は、ロシアに関わるあらゆるものを憎悪していた」
「え?」
「おじい様が開業なさった天童医院には毎晩のように石が投げ込まれ、侑李さんは勤めていた職場を追われた」
「いや。そんなムチャクチャな」
「でも奥様千景さんが一番心を痛めたのは、星児さんが毎日学校でいじめられたことでした。あなたは小学生の頃から他の子より背も高くて目立つし、彫りの深いその端正なお顔もいじめの対象だった」
令和なら貴重なイケメンが、この時期は敵対国の身代わりにされる。
星児は、生まれる時代が悪かったのか?
決して恵まれた半生ではなかったのか?
何者かに黒く塗りつぶされていたのか?
(あーしは、その黒いやつを知ってる)
異形の者、異端の者、協調しない者は敵。
少数派は切り捨ててよし。
なぜなら、自分たちが心地よくないから。
それぐらいみんなやってる。
みんなやってるんなら、自分もやらなきゃ損だ。
さあ、出遅れるな。
自覚のない悪意は、雪だるまのように大きな悪意を生み出す。
「侑李さんは家族を守るために、修羅の道を歩む決心をなさったのです」
「それでヤクザ稼業に?」
「最初は自警団の団長でした。東京に住むロシア人、支那人、朝鮮人が集まって対抗したのです。差別することが『愛国心』だと信じている、愚かな人達に」
令和でも、それは同じだ。
言葉だけの「愛」。
「愛」という名の悪意。
「ああ。だから天童組には外国人が多いんですね」
組員には中国や朝鮮半島から来た者、その二世が多いのだ。
「ただ差別する側も決して豊かな生活をしている方たちではなく、普段から不平不満を抱いている方たち。そしてそのような方々を煽っているのが、一部の政治家と華族なのです」
「華族もなの?どうして?」
「いまの華族は大正デモクラシーの批判の的にさらされているの。国から補助金や選挙権が与えられる華族と国民全員に主権を与えるデモクラシーでは、相容れることなどないでしょうね。だから、その批判の目を外国人に向けさせたいのよ」
これもまた、現代の世界中の権力者が使う常とう手段だ。
支持率が下がったら国民の矛先を外国に向けさせる、という。
「お兄様は親友に対して何の力にもなれないどころか、自分もその愚かな日本の華族であることに思い悩んでいました。そんなときです。凛音。あなたが生まれたのよ」
「……」
「わたくしもお兄様も、出産祝いに駆けつけて下さった侑李さんと会うのは久しぶりでした。そして侑李さんは、星児さん。あなたも連れてきてくださってたのよ」
「時貞。おめでとう!」
「…ユーリ」
「可愛い。可愛いなあ。なんだか俺も嬉しいよ!」
侑李は生まれたばかりの凛音を抱っこしながら、親友に優しい笑顔で語りかけた。
時貞は父になった喜びと、親友がそう言ってくれたことにも感激して今にも泣きそうだった。
「ありがとう。ユーリ。ほんとうにありがとう!」
彼は今、つらい立場にあるはずだ。
それなのに来てくれた。
彼は今、理不尽なものと戦い続けている。
そんなことはおくびにも出さず、娘の誕生を喜んでくれている。
(感動とか感謝とか、そんな気持ちに国境なんてあるんだろうか?)
「時貞。この娘を息子にも、星児にも抱かせてもらっていいか?」
見ると、星児ははにかみながらも新しい命に目を輝かせている。
彼もまた、何かを感じている気がした。
「無論だ。星児くん。娘を……よろしく頼む」
おかしなことを言ってしまった。
まるで、娘を彼の嫁に出すようなことを。
星児が慎重に身構えながら、小さな命を受け取る。
「……わ。あたたかい」
「……だ」
娘が笑いながら、何かを言う。
言った気がする。
「……あ、ああた」
話すような歌うような、凛とした音色の声。
傍らで見守っていた雅が兄に言う。
「あ、あな…た?お兄様。いま、『あなた』って」
「うん。いまこの子は、星児くんを『あなた』と呼んだ?」
「ああ。俺にも聞こえた……」
「「運命だ」」
ふたりの父親は、自分たちの希望をその娘の声に重ね合わせたのだった。
「おい。星児くん。まあ、いっときの戯言として聞いてくれていいのだが。この子が大きくなったら、できればきみの嫁に……」
だが星児は一心不乱に、じっと見つめてくる彼女の瞳を受け止めていた。
(うん。一緒に……一緒に、生きような)
ただただ、腕のぬくもりを感じていた。
つづく
読者たちが無反応過ぎる!嫌になってきた‥




