第36話 「報告」
「だからさあ。いちゃいちゃしようぜ。いいだろ?」
「やっぱ、社会不適合者だよね?あのさあ。ここ、あーしの店だっつーの」
見合いの翌週の土曜日。
閉店後のカフェ清流の客席で、星児は凛音と今後について話し合う。
ふたりのひそひそ話に、全従業員が聞き耳を立てている。
「なんでだよ?ふたりをときどき会わせよう、って言ったのはきみだぞ」
「星児と凛音、のふたりをね。」
「つっても、星児はあれっきり出て来ねえんだよ。こうなりゃ俺ときみがいちゃいちゃして、嫉妬心をあおっておびき寄せるしかねえと思うんだがな」
「だとしても、ここでできるわけないっしょ!」
「それもそうだな。じゃあ、やはりあそこしかねえか。もう仕事は終わったんだろ?行くぞ」
星児が凛音の手首をつかんで立ち上がる。
「すまんが、婚約者を借りていくぞ。おつかれ~」
凛音の脳裏に、きらびやかな装飾のホテルの画が浮かぶ。
(ま、万が一、鬼ユリが鬼のような百合だったら、どうしよう?)
星児に引っ張られて、顔を赤らめながら店を後にした。
「き、聞いた?いちゃいちゃですってよ。これからおふたり、いちゃいちゃするのよ!」
「きゃああ。恥ずかしい!」
店員たちが大騒ぎしている。
(あれ?いちゃいちゃ、ってこの時代でも言うんだ)*江戸時代から使われていたようです
路上には、自動車が停まっていた。
「え。車?買ったの?」
「いや、星児のだ。免許証もある。こういう時のためにも、今後必要になりそうだから練習した。乗れ」
助手席に乗る。
星児がエンジンをかける。
すぐに発進した。
「大丈夫?車運転しながらHするとか、野蛮過ぎじゃ…」
「いいかげんにしろ!俺は女だって言ってんだろ」
「鬼みたいな百合…」
「ハード・レズでもねえわ!」
「でもさっき、いちゃいちゃって」
「従業員達がどこまで聞き耳を立ててるか、試しただけだ。俺たちの会話は、人には聞かせられないからな。今後は車の中だけで話す。いいな?相棒」
「へいへい」
凛音は、星児のバディ提案に乗り気ではない。
(あーしの前世はJKで地下アイドルだし。刑事みたいなことできんて)
「これから仲人に正式な報告をしに行く。数日前にアポはとってある」
「仲人って雅叔母様のこと?翌日あーしから『お付き合いすることになりました』って報告したよ」
「二人揃って会食の席で報告するのが正式なんだよ、縁談ってのは」
「小百合ちゃん、見合いしたことあんの?」
「……ある。刑事部長の甥っ子の警察庁キャリアとな。俺は警視庁のエースだから、ある意味政略結婚的な縁談だった」
「え?振袖とか着たの?」
「着るか、んなもん。普段着で行ってやったわ。それに何かと東大出をちらつかせてきやがったから、警棒でぶん殴ってやった」
「なんで見合いに警棒?じゃあ、当然断られ…」
「気に入られた。うっとりした目で『そういうとこがいい』って、すり寄って来た」
「どⅯの東大出官僚?」
「ふたりで部長に報告に行って『こんな変態と付き合ってられるか』つって、ノシ付けて返してやったぜ。わはは」
(令和の警察は大丈夫なのか?)
「着いたぞ」
「え?ちょ、ちょっとちょっと。やっぱ、ラブホじゃん!」
「ああ。確かに、ぽいな」
雅の嫁ぎ先である四菱財閥岩村邸は、豪華絢爛な宮殿のような建物だった。
(これが、本来の華族?)
屋敷の中も、やはり宮殿だった。
赤いじゅうたん、シャンデリア、彫刻、宝塚の舞台にあるような大げさな階段。
その階段の上から、ドレス姿の貴婦人が降りてくる。
雅だ。
「あらあ。お若いお二人、いらっしゃい。もう若くないオバサンのお迎えでごめんあそばせ」
(ぬ。出たな、ダル絡み。まだスネてんのかよ)
見合いの席から雅を追い出すとき、凛音が言った「あとは若い二人だけで」という言葉。
店内でもときおり「リンちゃん。わたくし、もう若くないの?ねえねえ」としつこかった。
適当にあしらっていると、「若い子はしっかりお働きあそべ。わたくしはオバサンだから休んでるんだもんねえ」とふてくされていた。
「お久しぶりです。雅さん。とんでもありませんよ。いつまでもお若くてお美しい」
そう言って、星児が手の甲にキスをする。
騎士が妃殿下にするように堂に入っている。
「まあ、嬉しい」
「降りて来られるとき、新劇のニュースタアかと見紛うような瑞々しさでしたよ」
「みずみずしい?いやん、星児くんたら。女学生じゃないんだから。おほほ。さあ、晩餐室に参りましょう!」
機嫌を取り戻したようだ。
ほっとした凛音が星児に耳打ちする。
「小百合ちゃんさあ、令和に戻ったら宝塚に入れば?男役で」
「ああ。女性警官達からもよく言われたな。俺のファンクラブもあったみたいだ。ま、俺は女性には優しいからな」
(やっぱ百合要素あんじゃねえか。油断しないようにしよ)
「そう言えば、久しぶりって。叔母様と会ったことあんの?」
「俺はねえが、星児は子供の頃から知ってたらしい」
つづく




