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令和ギャル、転生だかタイムリープだかして伯爵令嬢だか極妻だかになって大正時代を無双する……とかしないとか  作者: 真夜航洋
第3章 生々流転

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第35話 「天才」



 設計担当者と打ち合わせた後、星児は浅草増田組の組長と酒を飲んだ。


「なあ、星児。いや、二代目よ。おめえ、なんか急に別人みてえになったよな?昔はうじうじといろいろ考えすぎる優男だったが、最近の思い切りの良さと言い喧嘩っぷりと言い」

「まあ。立場が人を変えるってことだよ。俺もようやく組長の自覚ができてきたんだよ」


「まあ、そういうもんかもしれねえな。ところでよ、おめえさんが計画している演芸場の建設にウチの土建屋を選んでくれて、ありがとよ」

「まあ。増っさんとこのは友好団体だしな」


「義理を大事にしてくれてるわけか。任侠道だな。ところがよ、昨今その義理をないがしろにしているヤクザ者が妙な団体をつくりやがっててな。民同会とかいうよ」


(民同会?あれ?どっかで聞いたことあるな。ヤクザの歴史を勉強してた時に…いや、思い出せねえ)


 最近ときどき、フッと記憶が消えることがある。

 知っていたはずなのに、掴もうとするとスルリと手から抜けていく感じ。


(転生の後遺症か何かなのか?)


「でよ。これまでのヤクザ者も民同会に対抗して、愛国会って言う団体を作ろうなんて話になったんだ。ただ、その筆頭理事ってのが大吉一家だって言うんだよ」


(愛国会も聞いたことが……いや、わからねえ。また、消えた)


「どうしたもんかねえ。なあ、二代目。おめえならどうする?」

「そうだな。まずそれぞれの話を聞いてみないと、何とも言いようがねえな」

「違えねえ。まあ、いずれ天童組にも双方から声がかかると思うぜ」


 民同会と愛国会。

 確かヤクザ史に残るような、重大な事件が関わっていたような……。

 そう思いかけたところで、またスルリと抜けた。


 史実では大正時代最大の大喧嘩がこのあと起きるのだが、星児はすっかり忘れてしまうのだった。





 しばらくして、別の席に人だかりができ始めた。

 竹久夢二がスケッチブックに、蝶子の画を描き始めたのだ。

 夢二はデザイン画の先駆者で、美人画というよりは可憐な女子画で女学生らの絶大な支持を受けている。


「蝶子くん。その羽根みたいの、揺らしてみてくれないか?」

「先生。これ、ついんてえる、って言うんですよ」

「付いてる、か。蝶子に羽根が付いてる、ってことだな。うん。イメエジ通りだ」


 ブツブツ言いながら筆を走らせていく。

 と、音楽が変わった。


♪ 待てど暮らせど 来ぬ人を

  宵待草の やるせなさ

  今宵は月も 出ぬそうな


「おお。夢二くんの歌じゃないか。さっきはプッチーニの『蝶々夫人』だったし、なんて粋な選曲なんだ」


 小山内薫が感心している。

 「宵待草」は、詩人でもある竹久夢二作詞の大ヒット曲だ。

 小山内は、この曲をモチーフにした劇を演出している。

 ちなみに「演出」という言葉は、小山内が作った演劇用語だ


(ふふふ。ウチのD.J.をナメるなよ…って、ゆきはどこまでわかって曲決めてんだ?)


 見ると、そのゆきが眉をひそめている。

 手には蓄音機のハンドル。

 この時期の蓄音機は手動で中にあるゼンマイを巻いて、レコード盤を回す仕組みだ。

 どうやら、ゼンマイを巻くハンドルが外れてしまったようだ。


「う、う、ううう……」


 ゆきが唸っている。

 ゼンマイの動力が切れ始めて、音がどんどんスローになっていく。

 店内にざわめきも起き始めた。

 そして、完全に止まった。


「すいません。ちょっと蓄音機が……ゆき。ハンドル貸して。あーしが……」


 駆け寄ると、ゆきが仁王立ちする。

 両手を前に出して「来るな」という威圧感。


「……♪ 暮れて、河原に、星一つ……」


 二番の歌詞を、ゆきが歌い始めた。


(え?覚えてんの?いや、それより……)


 透き通るような声。

 うっとりするような歌唱だ。


 従業員も客も、ゆきに注目する。

 ゆきは堂々と歌い上げた。


 自然と拍手が沸き始めた。

 「むふ!」という、いつものドヤ顔。


(発達障害者は、ときに常人を超える特異な才能を発揮することがある……)


 ゆきを初めて見た時、凛音(撫子)は、小学生の頃にイジメてしまった発達障碍児と重ね合わせた。

 のちに、その子がルービックキューブの世界大会で優勝する動画を見た。

 30個のキューブを、次から次へと瞬時に揃えていく姿があった。

 そのバックに流れた、解説者のコメントだった。


「う。う。うう」


 ゆきが今度は、前にかけた「蝶々夫人」のレコード盤を掲げて見せる。


「……♪ Un bel di,vedremo levarsi un fil di fumo……」


 オペラの代表曲「ある晴れた日に」を、原語通りに歌い始めた。


(へ?なに?これ何語?)


「おいおい。イタリア語で、ソプラノのアリア(独唱)を歌いこなしているぞ!」


 小山内は「蝶々夫人」を日本語訳して、新劇でも上演する計画を持っていたのだ。

 その彼が言うのだから、完コピなのだろう。


 そして何より、歌っているときのゆきは別人だった。

 ぴんと背筋を伸ばし、自信満々に歌い上げている。


「天性の耳と天性の喉は三浦環、天性の佇まいは松井須磨子の再来だ」


 三浦環は、ヨーロッパの劇場で日本人初の「蝶々夫人」に主演したオペラ歌手。

 新劇芸術座の大スター松井須磨子は、この三年前に不倫相手の島村抱月が病死した後を追って自殺している。

 その大スターたちに匹敵する才能。


「店長…」


 小山内が、両手で凛音の肩を掴む。


「あの子を、私に預けてくれないか!?」




つづく



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