第33話 「ヤクザのでもくらしい」
「いいですか、親分。憲政会の連中は社会主義者なんですよ。コミュニスト!」
村橋という政友会貴族院議員が、口角泡を飛ばして力説する。
「このまま憲政会をのさばらせておいては、皇国はソビエトのようなふにゃけた国家になってしまう。やつらは平等平等と言い訳ばかりて、全く働かんのです。それではこの国は滅びますぞ!」
「へえ。そういうもんかい」
大川は適当にあいづちを打つ。
この時代の政治は、政友会と憲政会という二大政党がしのぎを削っていた。
だが実際はどちらも資本主義の保守政党であり、村橋は対立政党はすべて社会主義の危険思想だと決めつけて喧伝しているだけだ。
今度は日本愛国会の小沢会長が補足する。
「大川さん。政治のことはともかく、俺たちの渡世だって他人事じゃなくなっているんだ。あんただって、昨今の極道者が義理人情をないがしろにしてんの感じてるんじゃあねえか?」
「ああ。まあ、そうかもな」
「それなんかも、毛唐どもが持ち込んだ『でもくらしい』ってえおかしな思想のせいなんだよ。親子の盃を交わしたら、親が白いものを黑って言ってもそれは黒なんだ。でもくらしいはよ、白か黒かみんなで多数決で決めましょう、ってことなんだ。そんなもん、いつまで経っても決まりゃしねえよ」
「まあ。俺は、白いもんは白だと言うがな」
「ものの例えだよ。こないだもよ、民同会の桜田がウチのシマに出しゃばって来やがって、『小沢さん。この埋め立て工事の権利は、平等に入札で決めましょう』なんて抜かしやがんのよ。桜田はこないだまで、ウチの三下だったチンピラなんだぜ。クソ生意気によ」
入札も多数決ではない。
れっきとした商行為だ。
要は自分たちの既得権益を奪われそうなので、腹を立てているだけだ。
(はあ。義理人情を持ち出してもっともらしいこと言ってるが、この分じゃ政治家のセンセも国会っていうサル山のケンカなんだろうな)
ただ気になるのは、若頭の後藤がうしろでウンウン頷いていることだ。
(まさかこいつ、お偉いさん方にケツの毛抜かれちまってんじゃねえだろうな?)
天童組は、上原組を吸収し総勢50名ほどになっていた。
新幹部に旧上原組の小林という男が入っている。
幹部会議の中で、星児は宣言した。
「これからはシノギのやり方を変える。賭場の管理は小林、おめえに任せる」
「あ、ありがとうございやす。親分」
吸収された側はだいたい冷や飯を食わされるものだが、これまで賭場を営んでいた上原組にそのまま任せた方が効率的、という判断だった。
肩身が狭くなる覚悟だっただけに、小林も旧上原組組員も感激した。
「但し、今後は素人衆の賭場への出入りを禁じる。ウチの賭場は渡世人だけの会員制にする」
「え?しかし、それでは胴元としての旨味が…」
博徒と言うくらいだから、ヤクザ達は賭博のプロである。
彼らは賭け方を知っているし、引き際も心得ている。
胴元が大きく稼げるのは、素人衆を上手く操ってむしり取るからだ。
それを禁じる、という。
「旨味なんざ要らねえ。カネなら俺が稼いでやる」
星児には秘策がある。
当時の大半のヤクザ者は手を出していないが、株取引を始めたのだ。
勝算は十分にある。
なぜなら、星児(小百合)は令和から来た転生者だからだ。
令和で大企業となっているパナソニックの前身・松下電器、シャープ、ハウス食品、森永製菓などは大正時代の創業でこの時点では二束三文だが、このあと大化けする株なのだ。
星児は朔月会から戦利品として得た土地を担保に、銀行から大金の融資を受けた。
その金でこれらの株を大量に保有しているので、当面資金には困らないのだ。
未来を知っている、という強みがようやく発揮できたわけだ。
「いいか。賭場以外でも、素人さんに迷惑をかけるような真似は絶対にするな。絶対に、だ」
「わ、わかりやした」
「この掟を破ったやつは、名古屋朔月会の松平みてえな末路になる、ってことを肝に銘じておけ」
松平を船から突き落としたのは朔月会の手の者で、天童組ではない。
だが渡世では「逃がすと見せかけて、天童組がやった」という噂なのだ。
そこを星児は「まあ。そうなのかもな」などと、あえて曖昧にしている。
(恐怖感は、与えておくに越したことはない)
前世で小百合が大げさな「狂犬伝説」を否定しなかったのも、同じ理由からだった。
(実は、ヤクザほど怖がりな生き物はいねえ。俺は、おめえらを徹底的に管理してやるぜ)
狂犬がニヤリとほくそ笑んだ。
つづく




