第31話 「血闘」
大吉一家は的屋の組合である。
的屋とは祭りや相撲などの巡業地に屋台を出して稼ぐ露天商のことで、もともと祭りの余興で射的という賭け事を始めたことが由来とされている。(諸説あり)
その的屋組合の東京での大元締めが、大吉一家の総長・大川辰吉だ。
大川は吉原の旅館で芸妓に按摩をしてもらいながら、子分たちからの報告を聞く。
その背中には、滝を登る鯉の見事な刺青が描かれている。
そばには坂崎組の組長・坂崎亮介が正座して、目黒競馬場でのいきさつを報告している。
「…てなわけで、馬に興奮剤を仕込んでサマ(いかさま)を仕掛けた野郎ふたりは、俺の一存で謹慎処分にさせてもらいやした。あんなんでも俺の子分なんで身柄は預からせてもらい、みっちり仁義を叩きこんでやりやす」
「ん。いいんじゃねえか。サマなんかに手え出すやつあ、いずれてめえのやることなすこと誤魔化すようになる。本人のためだ。さて、亮介。それよりも……」
キセルを盆でポンとはたく。
「あいつはどうだった?天童の若え二代目は?おめえ、ドスを抜きかけたそうじゃねえか?」
「……へい。野郎と目が合ったとき、つい怖くなっちまいまして」
「こりゃいいや。関東一のドスの遣い手・坂崎亮介が怖くなったってか。向こうは鞭一丁だったんだろ?」
「その鞭で、さっきお話したサマ野郎をめった打ちにしてやして…まるで獲物に食らいつく狂犬みてえでした」
狂犬……星児の中身、鬼ユリは令和でもそう呼ばれていた。
(ほう。以前見かけたときは、そんな感じは微塵もなかったがな)
「けど一瞬、一瞬だけですぜ。あんなでくの棒、本気になりゃ…」
「よかったじゃねえか。おめえ常々『歯ごたえのねえ極道ばっかだ』ってボヤいてたろうが。ハイカラ言葉で、何つうんだ、ええと、ら、らい…」
「ライヴァルですかい?よしてくだせえ。あんなでくの棒」
「おめえさっきから、でくの棒でくの棒って、なんかあったのか?」
「…あの野郎、俺のことを『ちっちゃいあんちゃん』って呼びやがって。てめえがでけえからって。くそ」
「ははは。なかなか、いいライヴァルになりそうじゃねえか」
「ライヴァルっていやあ、おやっさんと初代天童とも因縁の好敵手だったそうですね?」
「ああ。後にも先にもあいつだけだ。こいつはこええ、と感じた喧嘩相手は」
「確か二年前の抗争事件も、最後は親分同士の一騎打ちでケリをつけた、とか」
「……いい侠客だったぜ。天童侑李は」
半分になった自分の右耳を撫でながら、大川はその血闘を思い起こす。
二年前。
初代天童組長と大川との決闘は、雨の中行われた。
お互いが刀剣を握りしめてのサシの勝負だった。
立会人もいない、ふたりだけの斬り合いだった。
大川が大上段から斬りつけると、天童侑李は難なくうしろに跳ぶようにしてかわした。
下段からの攻撃も剣で撥ねつけた。
「おいこら。やる気がねえんなら帰るぞ。臆病者」
そう挑発してみた。
侑李はにやりと笑って、少し短い刀剣を右手一本に持ち替えた。
その剣は日本刀ではなかった。
「アレ!」
そう言ったように聞こえた。
あとで知ったが、フェンシングという西洋の剣術で「始め」という意味だったようだ。
「トゥシュ(突き)!」
言い終える間もなく、突きが飛んできた。
相手は剣と右脚を思い切り伸ばして斬り込んだのだ。
間一髪、よけた。
だが、右の耳を切り裂かれた。
見たこともない剣法だった。
(くっそう。太刀筋が読めねえ)
それからは一方的だった。
肩、腕、太腿、そして腹部にも細い剣が刺さった。
血がどくどくと流れ去っていく。
頭もぼうっとしてきた。
立っているのもやっと、というときに侑李が言った。
「なあ。大川。もうやめにしないか?」
「はあ?ざけたこと抜かすな!」
「このままじゃ、おまえ死ぬぞ」
「上等だ。武士道とは死ぬことだ」
「…武士道、か。あいにく俺が行く道は武士道じゃない。騎士道だ」
「騎士道、だと?」
「なぜ、この剣は細くて柔らかいかわかるか?相手に傷だけ負わせて、戦闘不能に追い込むためだ。この剣は命を奪う武器じゃないんだよ」
「……」
「騎士道では、相手が敗北を認めたらそこで許すんだ。おまえも負けを認めろ。命までは取らん。いや、おまえほどの男、俺は殺したくない」
血が沸騰した。
この野郎、情けをかけているのか?
こんな屈辱を味わうくらいなら、死んだほうがましだ。
(いや。せめて一太刀浴びせてからだ。どのみち、もう一振り分の体力しか残っちゃいねえ)
震える脚をムチ打った。
痺れる腕に喝を入れた。
突きに行った。
最後の一撃だった。
「うお~~!」
スローモーションで相手の動きが見えた。
おそらくは西洋人と日本人の混血であろう、侑李の長い手足と剣先が眼前に迫る。
(向こうが先だ)
観念した瞬間だった。
「グホッ!」
侑李は口から大量の血を吐きながら、剣をとり落としたのだった。
大川の日本刀が侑李の心臓を貫いた。
侑李は天を仰いで、膝から崩れ落ちた。
大川はしばらく呆然とした後、無意識に相手を抱きかかえた。
「しっかりしろ、天童!」
「んん…」
口から溢れる出血は、刺す前に起きていた。
「……おめえ、労がいだったんだな」
労がい(結核)は当時不治の病だった。
そして予告もなく、発作や喀血症状が起きる病だ。
「お、大川……」
「バカ!喋るな。すぐに医者に…」
「お、おみご、と……」
武士が斬り合い、負けた側が敬意を込めて相手に送る武士道の礼節だ。
対戦相手を讃えたあと、青い瞳が閉じられた。
その口元は笑みを浮かべて、満足気だった。
「てんどお~~~!」
雨はさらに強く降ってきていた。
つづく
第3章もきっと☆も感想もないんだろーな‥




