第30話 「バディ」
「鬼束小百合」は、東京中の暴力団から「桜田門の武闘派」「マル暴の鬼ユリ」と呼ばれていた。
曰くーー見た目はいいオンナだが、やることは狂犬。
「おい。てめえ、俺のケツ触ったな?不同意わいせつ罪だ」
脇を通り過ぎただけでインネンをつけて、別件逮捕しようとする。
仕方なく頭を下げて謝ると…。
「俺の胸の谷間、覗いてんじゃねえよ!」
またインネンをつけて、警棒で殴る。
ヤクザと目が合うと、とりあえず警棒で殴る。
目をそらすと、やはり殴る。
暴力団事務所のガサ入れのときには、ヤクザを挑発してあえて乱闘に持ち込む。
そして、警棒で殴りまくる。
手錠をかけるとき、三回に一回は相手の肩を脱臼させる。
組長の自宅をダイナマイトで吹き飛ばした。
抗争事件の半分は、鬼ユリがけしかけたものだ……などなど。
噂を含め、鬼ユリ伝説は枚挙にいとまがない。
「前世から、自称『俺』だったんすね?」
「令和は多様性の時代だ。きみは性差別をするのか?」
「とんでもない。僕っ娘だっていますもんね。ハハ」
「まあ。そんなわけだから、きみと結婚はできない」
(しないって。そんなどS刑事と…あ、でも。凛音のこと考えたら、中身が女性なのは安心かも)
「ただ…結婚はできないが、バディにはなってほしい」
「バディ?」
「相棒、だ。俺には野望があるんだ。大吉一家をはじめとする東京の暴力組織をまとめ上げて一大シンジケートを作り上げる、というな。そして俺は、その帝国に君臨するのだ」
「…小百合ちゃんって中二病っすか?」
「誰が中二病だ。いいか。令和の暴力組織ってのは、その根本は明治大正にあるんだ。明治時代は武士道を基本にした仁義を重んじる任侠団体だったが、大正あたりから欲にまみれた暴力団に変わって行くんだ」
(あ。ヤクザの歴史勉強した、って言ってたな)
「その原因は群雄割拠だ。争いごとが仁義をおざなりにしたんだ。この時代のヤクザどもを一つにまとめて更生させれば、少しは未来の役に立つかもしれねえ。そうだな。シンジケートの名は、天童星児にちなんで『天星会』とでもしておこうか」
「テンセイ会?だからって、あーしなんかただのギャルっすよ。そんなどでかい野望の役に立てるとは……」
「おい。そこのふたり!」
馬上からの、西恩寺中尉の呼びかけだった。
憲兵騎馬隊を引き連れている。
「その芦毛の馬は……む。貴様か?ヤクザ者」
「おう、中尉。やはり、また会ったな。何してるんだ?」
「警らに決まっている。その馬は貴様のものか?」
「ああ。明日には乗馬倶楽部に寄贈する。問題はないはずだ。何かの捜査でもしているのか?」
「この馬鹿者。軍人がおいそれと任務を明かすわけなかろう」
西恩寺が馬を反転させる。
(捜している馬とは違うし、この男には関わりたくない)
「馬を捜してるんだな?東京だと…目黒。そう。目黒競馬場と関係ありそうだな?」
「貴様。何か、知っているのか?」
つい、振り返ってしまった。
「カマをかけただけだ。そんな簡単に反応すると、任務がバレるぞ」
(くそ。こいつ、この間の『旋条痕』といい誘導尋問といい、まるで警官のような言動だな)
前世での鬼束小百合は、乱暴だが切れ者の刑事だった。
27歳ノンキャリア女性警官としては異例の、警部補でもある。
暴力団を解散に追い込んだり、トクリュウのアジトを突き止めるなど警視総監賞を何度も受賞するマル暴のエースなのだ。
(おそらく、あのレースで負けた観客が腹いせにドーピングのことをサツにチクった…かな?)
大正11年当時、政府が馬券の現金取引を禁じたのにはわけがある。
もともと競馬は騎馬隊をアピールする目的で陸軍も共催していたが、当時の新聞各社が「軍人が賭け事を推奨するのはけしからん」と叩いた。
そのため馬券は、景品としか交換できないことになった。
ここでドーピングなどのイカサマが新聞に報じられたら、陸軍のメンツは丸つぶれとなる。
(ふつうなら民間の事件は警官が捜査する。憲兵が動いてるんだから、やはりあの件だな)
「ねえねえ。小百合ちゃんさあ。あんま刺激しない方がいんじゃね?」
撫子(凛音)が小声で小百合(星児)にささやく。
聞いていないのか、小百合はスカイキッドに結わえ付けられた縄を外している。
「おい。中尉。俺らふたりは、あんたにゃどう見えてんだ?」
「なに?」
小百合が撫子の肩を抱いて、ぐいと引き寄せる。
「俺たちは、両家が祝福する許嫁なんだ。羨ましいだろ?」
「ちょ…何やってんすか?バカなんすか?わあ!」
撫子を抱え上げてスカイキッドに乗せ、自分も撫子のうしろに跨った。
(わ。カップルで馬にタンデム。王子と姫しかやったらあかんやつ~~)
「さあ。マヌケな憲兵なんか放っておいて、ふたりきりで楽しもうぜ。じゃあな、中尉。どう!」
鐙を蹴る。
スカイキッドも西恩寺をあざ笑うように、ヒヒンと吠えてから走り出した。
帝都新聞編集部室では、歓声が沸く。
「きゃああ。王子様が姫をさらって、白馬で走って行きますわよ!」
「あんもう。これこそ、大正浪漫ですわ!」
「き、きっさま~~~。侮辱罪だ。おい。総員、追尾だ。行くぞ!」
騎馬隊が芦毛の馬を追う。
新橋の街が競馬場になった。
揺れる馬上で、撫子が叫ぶ。
「おわ!めっちゃ怖!あんたさあ、ルパンが銭形に捨てゼリフするみたいなこと、しないでよお!」
「とっつあん、ここまでおいで~、てか。すまんすまん。警官の時はヤクザ見ると殴りたくなったが、ヤクザになったら警官をおちょくりたくなってきてな」
「やっぱ、中二病じゃん。社会人偏差値30じゃん!」
「おっと。だいぶ詰めてきたな。逃げ切れ、スカイ!」
鞭を入れる。
レース以上の走りになった。
「飛ばせ、飛ばせ!わっはっは」
「あわわ」
「どうだ。俺のバディは、楽しそうだろ?」
「あわ……う~~ん」
猛スピードで走る馬の上で、撫子は気絶した。
だからといって、凛音が降りてくることはなかった。
天に散りばめられた星の下で、馬たちは走り続けた。
第2章 「天星」 終
次章「生々流転」につづく




