第29話 「話は最後まで聞きましょう」
外はもうすっかり、夜のとばりが下りている。
「腹が減ったな。きみはどうだ?」
「あ。そういや、朝のおにぎりっきり食べてないや。ちょい待ち」
凛音(撫子)が、厨房に向かう。
星児(鬼束)もついて行く。
シンクの上に作り置きのメニューが並んでいる。
さっきまで、従業員達が花札をしながら食べていたものだ。
「ライスオムレットがあるんすよ。ウチの店の看板商品」
「ライ…ああ、オムライスか」
「ケチャップもケチョップって言うんすよ。知ってた?」
「へえ。なあ、このへんにある野菜もらっていいか?馬に食べさせたいんだ。今日は朝から走りづくめだったからな」
「あ、あの馬可愛いいよね。白くて綺麗だし」
「だろ?いい子なんだ。賢くて」
凛音がライスオムレットをフライパンで温め直す。
野菜を切り始めた星児のおなかがグ~と鳴る。
「はい。どうぞ」
ライスオムレットをひと匙すくって、両手がふさがっている星児に食べさせる。
「うん。うまい」
我に返る。
(ん?なんか、新婚夫婦がキッチンでイチャついてるような……)
ドラマが動いて、編集部室がどよめく。
「ほら。あんなに仲良く料理をし始めたわ。きっと、殿方の誤解が解けたのよ」
また小芝居がはじまる。
「だから言ったろ。俺が愛してるのはきみだけだって」
「もう。ホントに?これからは私だけを見てなきゃイヤよ。はい。ライスオムレット…あ~ん」
「騙されちゃなんねえだ!」
「ん?小梅、どうしたの?」
「男はいつも口先だけだ。きっと、あの男も外にオンナをこさえてるだ」
「あんた、いったいふたりにどうなってほしいのよ?」
「んんん。なんか娘を取られる父親の心境ですだ」
その後も感情移入のドラマ鑑賞は続く。
結局、厨房でささっとライスオムレットを食べた。
そのあと、桶を抱えて外に出た。
「スカイ、ごめんな。待たせたな」
ガス燈に係留されている馬が、待ちかねたように前脚で催促する。
美味しそうに食べるスカイを、ふたり並んで見守る。
この場での、さっきの抱擁を思い出す。
「「さっきの…」」
またシンクロした。
しばらく間があってから、星児が切り出す。
「さっきの『旦那さま』って言葉も、きみなのか?大和撫子」
「ああ。あれは、凛音っす。星児さんが近くにいると、引き寄せられるみたいに凛音が降りてくるんす」
「降りてくる?」
「うん。なんか、胸がドキドキして体が勝手に動き出して、あーしが幽体離脱するんす。鬼束さんは今までそーゆーことないんすか?」
「……さっきのが最初だ。転生して初めて、自分の肉体をコントロールできなくなった。俺も一瞬幽体離脱した。だが、凛音が失神したあとすぐに舞い戻った。そう言えば、彼女がなぜ意識を失ったかわかるか?」
「…たぶん、それ」
星児のスーツに付いた、もう黒ずんでいる血痕を指さす。
「祝言のとき、目の前で愛する人を殺されたことがトラウマになってて…」
「PTSD(心的外傷後ストレス障害)か」
「やっぱり、ふたりは愛し合ってたんすねえ」
「……」
「なんか、凛音に申し訳なくて。あーしなんかが体乗っ取っちゃって」
撫子が鬼束に、幽体離脱しているときに沸いた仮説を話す。
「なるほど。神様がふたりを死なせたくなくて、俺たちの命を分け与えた、か」
「あーし、この縁談断るつもりだったんす。でも、このまま凛音と星児さんを引き離していていいのか?ってなるんすよね」
「心苦しいわけだな?まあ。向こうは家主、こっちは肉体を借りてる賃借人ってことだから後ろめたくもあるな」
「なので、ときどきは二人を会わせてあげて、あーしらはその間見ないことにする、とかそういう展開に持っていくのはどうすかねえ?」
「つまり表面上、お付き合いを続けてみる、と?」
「どっすか?」
「ううむ。実は俺も断る気でいたんだ。江田島には、これ以上一緒にいたら凛音を危険にさらすから、と言い訳をしてな。だが実際は、面倒なことになりそうだからだ」
「まあ。面倒っすよね。そのたんびに幽体離脱だし。でも…」
星児というより鬼束が、しばらく熟考する。
「そうだな。同じ転生者として情報共有した方がいいのかもしれないな。それにどうやら、きみも思ったほど短絡的ではなさそうだし」
(あ。ディスられた)
「ただし、条件がある。二人の仲…この場合は星児と凛音の仲が、たとえ進展したとしても、結婚はできない」
「あったりまえだのあっちゃんっす。誰が、強面刑事のおっさんなんかと」
「……」
「あ、傷ついた?ドン・マイ」
「人の話は最後まで聞け、令和ギャル。さっきも言おうとして遮られた」
「いや。おっさんは話のテンポ、ゆるいから」
「聞け!」
「はい」
「俺は……オ・ン・ナ、だ」
この日二度目の、はい~~~???
つづく




