第28話 「100年前」
「話を続けよう。俺は、崖から落ちた。目の前に海面が広がった」
「あ。あーしもそう」
「だが、目を覚ますと……」
「奇跡じゃ。奇跡以外の何ものでもない」
医者らしき男が呆然としている。
ピンセットで摘まんだ銃弾をしきりに眺めている。
大正12年5月5日。
海に落ちた日の、ちょうど百年前。
鬼束は、病院のベッドで目を覚ました。
そこは撫子と同じだった。
「あ、ダメです。まだ手術中です!」
手術室の入り口で看護婦が止めるのを押し切って、誰かが侵入する。
「若!若!お嬢が目を覚ましやした。お嬢が、嫁さんが生き返りやしたぜ!だからあんたも…」
角刈りの男が視界に入る。
言ってることは聞こえてはいるが、理解できない。
(若?嫁?誰の何の話だ?)
「おい、先生。動いているじゃねえか。あんたさっき『心臓を撃たれてる、助かる見込みはない』って言ったよな?」
「いや。わしが見た時は既に銃弾は心臓に突き刺さっていたはずだ。なのに、心臓が弾を押し出すようにして……」
(銃弾?俺は撃たれたのか?あの崖の上で誰に?大和撫子?まさか)
ここがあの世なのかどうか、確かめるために口を開く。
「おい。ここはどこだ?俺は誰だ?」
医者と角刈りがハッとする。
「喋った。だが、混乱しておる。一時的な記憶喪失かもしれん」
「若。ここは病院です。あんたは博徒一家天童組の二代目・天童星児。さっきまで清流院凛音というお嬢さんと祝言を挙げていて、そこでどこかのヤクザ者に銃で撃たれたんです」
「……今日はいつだ?何年何月何日だ?」
「大正12年5月5日、です」
「大正?……鏡、鏡はあるか?」
見守っていた看護婦が、手鏡を取り出して渡す。
見てみると、何もかもが変わっている。
(ああ。なんか、アニメとかゲームとかで流行ってた……ええと)
「やっぱあのお嬢は、あげまん(幸運の女神)だぜ。凛音さんが、若をこの世に引き戻したんだ」
(リンネ?そうだ。輪廻転生、だ)
「それから俺は江田島という男から、今の状況を事細かに聞き出した」
「わ。えらい冷静じゃん?あーしなんか一晩わけわからずだったけど」
「警察官は危機管理意識が高い。即座に状況を把握して、とるべき行動を判断する訓練をしている。俺はまず、襲ってきた『大吉一家』と名乗る連中について分析した。このあととどめを刺しに追撃されるかもしれないからだ」
「やはり、下手人は大吉一家なんでしょうかねえ?」
「いや。そいつは変だな。あんたの話では、大吉一家というのは二年前の抗争で先代を殺害してからは、ぴたりと攻撃を止めている。いま急に殴り込みをかけるのは不自然だ」
「ええ。あっしもそう思いやす。フカシ(嘘)かもしれやせん。この渡世、ほかの組の名を騙って悪さする外道もいやすからね」
「他の組の可能性は?天童組と利害関係のある組を知りたい」
「利害の害でしたら、よその組ほとんどそうでしょうね。利の方なら、友好団体の吉岡組、浅草増田組、シマが隣り合っている朔月会上原組……」
「待て。シマが隣なのに、友好団体?ふつうはバチバチにやり合ってるはずだぞ。なぜだ?」
「そこの上原組長が、若に何かと目をかけてくれてるって言うか……」
「ヤクザが笑顔で近づいてくるときは、腹に何か隠してる時だ。怪しいな」
「いや。しかし、若はいつも『俺の味方は上原さんだけだ』って言ってやしたぜ」
「覚えてねえ。なんせ俺は、記憶喪失だからな。よし。確かめるためにトラップを仕掛けよう」
「と、とらっぷ?」
「ああ、いや。英語で罠のことだ。おい、先生」
「は、はい」
「しばらく俺を、死んだことにしてくれ」
「そして、この間の葬式につながるわけだ」
「ふうん。でも鬼束さん、ヤクザのこと詳しいね」
「ああ。前世の俺は警視庁刑事部捜査4課、組織暴力対策課…通称マル暴の刑事だったからな」
「あと、なんか大正時代にも馴染んでるっつーか」
「仕事柄、ヤクザの歴史まで研究したんだ。当時を舞台にしたヤクザ映画『日本侠客伝』なんかは何回も観てるぜ。鶴田浩二や健さんのセリフ真似して喋ってたら、どうも違和感なく馴染んでるようだ」
「健さんとか好きだねえ。昭和のオジサンは」
「な。昭和じゃねえぞ。俺は平成生まれだ。それに…」
「平成?いくつ?」
「27だ。だから、天童星児とは同い年だ」
「あ。あーしも凛音とタメだよ。ちょうど百年とか同い年とか、そのへんが転生と関係してるのかも」
「それと二組が同時に死んでいる。俺ときみが事故死、このふたりは殺害事件……自然死以外で同時に死ぬことなんて極めて稀だ。刑事ドラマみたいにそうしょっちゅう事件なんて起きないからな」
いくつも重なった偶然。
あらためて、医者たちが言った「奇跡」という言葉をかみしめる。
(この奇跡はいい奇跡なんだろうか、悪い奇跡なんだろうか?)
つづく




